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[木綿]お疲れさん-3-

 厨房から玉ねぎを炒める匂いが漂ってきた。 「……衣笠、ちょっと座ったら」 「ん」  ニコニコ席に着く衣笠。感じる違和感の原因は分かってる。俺の手を伸ばせばちょうど届く距離の衣笠の頭を、わやくちゃに掻き混ぜた。 「わ! なになに? なんだよお前」 「もう仕事じゃないんだから、前髪下ろしとけ!」  ワックスで固められていた猫っ毛は、ぐしゃぐしゃに四方に飛んでいるけれど、ようやくいつもの衣笠に戻った気がして手を止めた。窓に自分の頭を映して「うわあ」と騒ぐが、本気で怒っている様子ではないから、俺は謝らない。そんな目に合うのは、オンオフ切り替えられないお前の所為だからな、自業自得だ。  運ばれたアツアツのナポリタンに粉チーズをたんまり仕込み、蒸れるのを待ちながら、衣笠が聞く。 「連休、何してたの? どこか出掛けた?」 「……テレビ観てた」 「ぶっ! 嘘だろ?お前がテレビっ子?」 「風呂場で浮力を利用した筋トレしてたんだけどさ、飽きて共有スペースに移動して自重トレーニングに切り替えたんだよ。  時間はたっぷりあるから、3日で胸筋でも育てようかと思って」 「ぶふっ…! 筋肉か! わかった、もうやめて……くくく」 「バランスボールで背筋伸ばしたりね。その間、テレビが無いと間が持たなくてさ。  そしたら! 旨そうな番組やっててさー、あ、コレもテレビで観たヤツ。パルメザンチーズ!   もう溶けただろ、喰え喰え!」   欲張ってふんだんにチーズを溶かしたから、思うようにフォークに絡まないんだろ。綺麗に食べるのは難しい。諦めろ、見てるの俺だけだから。  こんな時は野郎同士が気軽でいい。緊張して食べる相手の前ではできないな。デートだったら格好つかないだろう。……そもそも、男同士のデートって緊張するのかな。 「そういえば昼飯だ、これ。すっかり食べるの忘れてた。そろそろ暗くなる時間なのに、揃って昼飯か。」 「夕飯は夕飯で食えるよな?」 「多分ね。軽く何か食べるよね」  よっしゃー! 買い物が役に立ったー!  声色を整えて、衣笠に向き直る。イメージはホテルのコンシェルジュ。 「えー。衣笠様にご提案がございます。まずはこちらをご覧ください」  スマートフォンのブックマークから、保存しておいたレシピを開き、うやうやしく差し出す。 「嬉野温泉? 温泉湯豆腐ぅ? なにこれ!」 「文字通り、温泉の湯で作る湯豆腐でございます。アルカリ性の湯で温めた豆腐は、それはそれはクリーミーな口当たりに大変身!」 「ほう! pHの関係で蕩ける訳ですね?」 「因みに、よく似た泉質の源泉が、ワタクシの住んでいる寮にもございましてッ!」 「…ほう!」 「今夜、早速、試してみたくて、ご用意しております!」 「えええええええええ!? ホントにぃぃぃぃぃ!?」  ……コンシェルジュはいつしかテレビショッピングに変わっていた。 「電源さえあれば、部屋でも調理可能なこのグリル鍋が!」 「あー! それ、鍋だったのか! 抱えて帰る気なの?」 「うん。だから、豆腐買って帰ろう?」 「いいねーえ♪」  衣笠は「ああ、せっかくテレビショッピングごっこだったのに、『でも、お高いんでしょう?』が出なかった! もっかい続きやろうぜー」なんてケラケラ笑っている。  お前の方がよっぽどテレビっ子じゃねえか!  背徳感たっぷりの温かい飯で腹を満たし、笑う衣笠に、スマートフォンのレンズを向けた。 「ん? なに?」 「…口の周り、ケチャップ付いてる。 拭く前に撮ってやったぜ、うひひ」 「え!どこどこ…」  おしぼりにお日様色をゴシゴシ移す衣笠が、すっかりいつものボケボケモードなのが嬉しくて、そのまま見ていたくなった。 「……おかえり衣笠。おつかれさん!」   <秋編おしまい>

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