12 / 44

[木綿]フリーハグ-1-

 午前の講義が済んで、一時間の昼休み。講堂前の花壇を通り抜け、食堂にでも寄ろうかと思ったその時、道端に立つ衣笠の姿に思わず二度見した。 「は?  衣笠、なにしてんの、お前……」  山頂に建つ大学の構内は、もうすっかり冬山の風。がっつり稼いだバイト代で新調した!と自慢するアウトドアブランドの鮮やかな辛子色のダウンコート姿で、俺がこいつを見間違う筈がない。街では原色の黄色のように個性を放つのだろうが、山頂のキャンパスでは周囲の紅葉に溶け込んで派手な感じがしないから不思議だ。  尻まで覆ったダウンに白いマスク、手編みらしいニット帽。朝からずっとそれ被ってるのか?  今朝寮を出る時、地球の重力を完全無視した史上最強の寝癖頭を披露してひとしきり爆笑し、1限に遅れそうになった。「もうこのままでいい!」と実家から届いたニット帽で封印した。きっと朝からそのままなんだろう。  今朝の衣笠との圧倒的な違いは、首から下げていた段ボールの切れ端。油性ペンででかでかと書かれた『FREE hug』の文字……なんだそれ。なにしてんの?  大学公式団体に、hug部と呼ばれるサークルがあるのは知っている。軽く抱擁するのがハグ。故郷を離れて暮らす学生達が、癒し癒されるという。ハグによって悩みや不安を軽くするとかなんとか。日本ではあまり見かけないフリーハグの場を提供する同好会だ。  ボランティアみたいなものだ。学内の至る所に出没するhug部員は、ボードを掲げている時が活動中。ひとことふたこと会話をしてから数秒間ハグするのが暗黙のルールだ。  ………で? 衣笠はhug部じゃないだろう?  ボードを掛けて立っているので、学生も職員も挨拶のように気軽に衣笠とハグしていく。  この花壇前は、毎日hug部が当番制で陣取っているスポットだから、日課にしている人もいる。昼飯前のこの時間、人気のある生徒が立つ日は数人が列を作るのも珍しくはない。でもさ。なんで衣笠?  夏のフリーペーパーの一件で、キャンパス内でもそれなりに有名人になってしまった衣笠だから、マスクくらいじゃ変装にもならない。気付いた奴が面白がって列を作り始めた。ちょっと!ちょっと待て!!  待てよっ!俺も並ぶ!!←

ともだちにシェアしよう!