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[木綿]フリーハグ-5-(終)

「課題を出しに教務課に行ったら、ハグ部の顧問に掴まっちゃってさ、部内にインフルエンザが蔓延して、当番の生徒が来てないって。頼まれたら断れないだろ?」 「そうか? 俺なら断るよ?」 「やだねえ! 頭ごなしに。やってみないと判らないじゃないか。何事も経験だからね!」  そうだった。衣笠は、とりあえずやってみてから考える主義だった。 「凄いねハグって。大した事してないのに、みんな少し元気になるみたいで。こっちもみんなから何か貰ってる気がした」 「でも、それで食欲失くすほど匂いに酔ってちゃ意味ないじゃないか」 「ああああああああ」  あれだけの大人数とハグしたのだから、マスクをしていても人に酔うだろう。ましてや大学生。香水を効かせた女子、デオドラントに余念がない留学生、教室に居るだけでも香りのカオスなのだ。  すっかり食欲が失せて、食べたくない、水だけでいい、なんて言うから、取り敢えず温かいレモンティを流し込んで様子見中の衣笠。  あれ、何の匂いなんだろうな。香水?柔軟剤?お香?それとも体臭なのか?  海外の匂いっていうか、独特な香り。一気に吸い込んだら具合も悪くなるだろうよ。  「そろそろ嗅覚がヤバいって時に、列の合間に綿貫がいてくれて助かったよ。覚えてる匂いを嗅ぐとリセット出来るみたいで」  今日一日でハグに慣れてしまった衣笠は、どうやら完全に感覚が麻痺してしまったらしい。「もう一回貸して」なんて言いながら、ふわりと俺に抱きついてきた。  不意を突かれ、咄嗟に上がった俺の両手が、所在無く空を切る。  ―――サンタさん、前言撤回します。プレゼント、下さい。  どうか、俺にスペアの心臓を下さい。  5回のハグで慣れた気になったのは気のせいでした。  俺、心臓いくつあっても足りない。  いつか衣笠にキュン殺されるんじゃないかって思うよ。 < フリーハグ おしまい >

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