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[きぬ]壁ドンと顎クイ-1-

 夕飯を買い込み、寮に戻ると、僕宛に荷物が届いていた。  茶色の段ボールにお馴染みの大手インターネットショッピングモールのロゴ…… 「衣笠、何か買い物したの?」 「いや、違うよ。ほら、これ……」  ロゴマークに、アルファベットの「m」が書き足されている。 「m…amazon? ままぞん?」 「そう。実家からの定期便。」  僕にはいつものネタなので失笑しかないけど、綿貫には大ウケ。爆笑したって、母親に伝えるよ。きっと喜ぶよ。……はぁ。  せっかく温かい弁当を買ってきたのに、のんびりしていたら冷めてしまう。80サイズのママゾン便を抱え、取り敢えず僕の部屋へ行こう。  廊下の突き当り、階段の前の角部屋。吹き溜まりで居心地がいいのか、イチャコラしているカップルをよく見かける。今夜は高野とケンちゃんが、いわゆる壁ドン体勢でデート中だ。  無視を決め込む僕も悪いんだけれど、当て付けるように行為がエスカレートしていって、年中こんな感じ。すっかり慣れてしまって、この程度では動じることも無い。僕は、おふたりさんには声もかけずに自分の部屋のドアを開ける。 「たーだいまー!綿貫いらっしゃーい」 「おじゃましまーす」  わざと呑気に大声を出して、後ろ手にドアを閉めた。  その途端、綿貫はその場にしゃがみ込む。 「―――っ!! 衣笠なんで平気なんだよっ! 毎日こうなのか? あいつらなんでこんなとこでっ!!」  ドアは閉めたものの、壁一枚隔てただけでは話し声が筒抜けだ。壁のスイッチを押して部屋が明るくなると、小声で捲し立てる綿貫が真っ赤なのが判って思わず吹き出してしまった。睨むなよ、そんな顔して見上げられると、お前のこと小型犬に見えてくるから。  想像したら笑いが止まらなくなって、一緒になってしゃがみ込んだ。  僕はすっかりこんな光景に目が慣れてしまったけれど、綿貫は、目の前で熱烈なキスシーンを見せつけられた程度で動揺する。……案外恋愛免疫ないのかなあ、こいつ。   「綿貫ぃ、あれはわざとだよ。ケンちゃん、一瞬こっち見ただろ? 今日はお前もいるから、尚更だ。からかわれたんだよ、お前」  卓袱台に買ってきた弁当の袋を置き、足元に段ボールを置いて、まだ立ち上がらない綿貫を振り返る。 「見られたら嫌じゃないのかよ。高野の趣味な訳? 俺をからかってどうするんだよ」 「……ホントに分かってないの?」  見せつけたいのはケンちゃんの方だろ。何があったか知らないけど、彼が綿貫をけしかけているんじゃないかと思う場面が多い。これもそうだと思う。 「衣笠には分かってんの?」  だから、その上目遣い止めろって。  刺激が強すぎて耳まで真っ赤になった綿貫が、立ち上がりにくそうにモゾモゾしている。気が付いているけれども、目に入れないようにして食卓を整える。生理現象に触れないでおいてやるのも友情の一部だろ。  しゃがみ込む綿貫とちゃぶ台の間に、ホイッと座布団を放って、四つん這いで移動できるようにお膳立てする。想定通りにのそのそと這ってくる綿貫に、店で貰ったおしぼりと袋入りの箸を差し出した。とりあえず飯だ、メシ!

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