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[きぬ]壁ドンと顎クイ-2-
「高野は何だって俺に嫌がらせするんだよ。俺なんかした?」
僕の部屋の小さな卓袱台。入り口寄りに座布団を敷いて、綿貫はデラックス海苔弁当の白身魚のフライを頬張りながら、まだそんなことを言ってる。
…綿貫がなんかしたからとか、そういうことじゃないと思うよ。
「高野は付き合わされてるだけだと思うよ。」
「あ。バイトの同僚だからって高野の肩持つ気か? 壁際に追い遣って囲ってるのは高野じゃん!」
分かってないなぁ、綿貫。
小柄ですっぽり隠せる大きさの恋人ならまだしも、似たような背丈のあいつらでは、ケンちゃんがどんな顔してるのかバレバレだ。囲ってしまいたいくらい好きな子の表情を、わざわざ周囲に見せびらかすのは嫌だろう?
だから、一瞬ならドンしてる方の主導だけど、そのままいちゃつくのは壁側の奴の意思で、『見られたら恥ずかしい』を上回る目的があるんだろう。
主導権はケンちゃん、付き合わされてるのは高野の方だよ。
高野達を意識したのか、この部屋にいる綿貫は少しよそよそしい。照れる姿は可愛いけれど、これではなんだか調子が狂ってしまう。
夕飯はやっぱり、共有スペースか綿貫の部屋で食べることにしよう。今日だって、宅配便の箱が無ければ、きっとここで夕食にはしなかった。
実家からの箱を開けると、冬物の衣類とインスタント食品、それと、保湿のスプレー缶とリップクリーム。温州ミカンが一袋出てきた。食後に丁度良いタイミングで現れたミカンを、ひとつ綿貫に放った。
「なにそれ。ウリ…? 何?」
『URIAGE』のロゴの青い蓋のスプレーを物珍し気に眺めている。フランス語と日本語が混在するこのラベルを見ると、僕は実家の風景を思い出す。
「 ユリアージュ、だよ。あんまり売ってないんだよね。肌が弱い人向け?なのか、顔に付けたり寝癖直したりすんの。フランスの温泉の水だってさ。子供の頃から使ってたんだ。
肌質が母親譲りでさ。乾燥も紫外線も苦手なんだよ。保湿のモノって、合う合わないの差が激しいから、母親が使ってるものを使うのがいちばん手っ取り早いんだよね。それで送ってもらったんだ。」
……よくよく考えると、温泉水だったら、ここなら溢れるほどあるよな。次の箱には入れないでいいよって言わなくちゃ。
同じブランドのリップクリームを、早速グリグリ塗りつけていると、ミカンを食べ終わった綿貫が鼻を鳴らした。
「バニラの匂いがする。」
そんなに強くない香りなのに、よく気付いたな。
子供の頃から、冬になると当たり前のように使っていたので気にしていなかったけれど、リップクリームのパッケージには『フレンチバニラの香り』と書いてある。
いつだって綿貫は僕のことをよく見て、気に掛けていてくれるのだ。
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