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[木綿]帰りたくない…

 もともと長期滞在の湯治場だったこの寮。冬も本番、源泉掛け流し、湯上がりのお肌トゥルントゥルンのアルカリ泉の恩恵をフル活用して、意外と快適に過ごしている。  自炊なんて絶対無理だと思っていたんだけれども、源泉の蒸気で作る茹で卵や、鶏むね肉を使ったなんちゃってサラダチキン、芋も野菜も蒸かしただけでご馳走に化ける。先日購入したグリル鍋が大活躍! 温泉水で作る湯豆腐のトロトロ具合にハマって、鍋物がアツい。  なによりも、食べるのが一人きりじゃないってことが、凄く重要。一人だったら、学食以外はプロテイン溶かしたやつを飲んで、食事終了にし兼ねない。  寮に入ったばかりの春先、言葉のアヤで「衣笠は俺のだ」と知らしめたのが功を奏して、毎日二人で俺の部屋に籠ることになんの障害もない。実際の所有権はまだないままだけど、嫌われてはいないと思っている。だから、思い切って俺の自室を、衣笠が遊びに来やすい、リビングのように使うために大改装をしたのだ。部屋は狭いが、幸い収納が広いので、布団は毎日畳むことにした。これは俺の上腕二頭筋がよろこぶので一石二鳥。  冬休みに入っていよいよ人数が減り、空いていれば好きな時に浴室を使えるようになった。取り残されたたった二人の恋人じゃない組、衣笠と俺は、時間を気にせずゆっくり使っている。  古い湯治場の木製の湯船に、いつものように顎まで湯に浸かっていると、洗い場では、なんだか良く解らないボトルをちまちまと並べて、良い匂いをさせて髪をすすぎながら衣笠が言う。 「さっきの湯豆腐さ、油揚げ入れたの、大成功だな!!ちゅるんちゅるんのお揚げなんて初めて食べたよ! ポン酢しょうゆ、神かよ!」  ちゅるんちゅるんって、男子大学生のボキャブラリーじゃあないだろうが。……でも、それが不思議としっくりハマるのが衣笠の魅力なんだけれども。  色白、猫毛で人懐こく、卑屈なところが無い。物怖じしないので、外国人留学生達とも訳の分からない盛り上がり方をしているようだ。よく笑う。とにかくモテる。変な用事を引き受ける。「可愛い」と言われるが、別に中性的な訳ではなく、ちょっと細いけど骨は太い(触ったわけじゃないぞ)。  いつの間にか、俺より身長が高くなっている。 「何? なんか視線の圧力を感じるんだけど? 綿貫もトリートメント使う?」 「いや、使わねーよ!」  だよなあ、とカラカラと笑う衣笠を見ながら、こいつがいてくれてよかったなぁ、と思う。だって、兄さんと「大学はちゃんと卒業する」と約束した以上、ここがどんな酷かったとしても、俺に逃げ道は無い。衣笠が居るから、こんなにも充実した毎日を送っている。  衣笠が浴槽に入って来た。お湯が溢れて、洗い場の隅にまで小波が走っていく。 「なぁ、綿貫、お前冬休みはどうするの?」 「年内は帰らないって決めてる。寮の人数は減るだろうから、おとなしく留守番してるよ」 「帰らなくていいのか? ウチなんか、夏に戻らなかったから煩いったら! 未成年だしスネ齧ってる身としては、正月は戻らないとマズい。」  そうだよなー。俺等まだ子供だもんなー。 「…親戚が集まる新年会は顔出しに行くよ。新年明けて5日だったかな。その頃は衣笠も戻ってくる?」 「たぶんね。引き留められそうな予感がするから、はっきりわからないけど。  …お前がいるんなら、年が明けてから帰ろうかな。大晦日もバイト誘われてるんだ。」  ―――そもそも、寮で年越しする学生は他に居るのか?

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