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[木綿]ゆく年くる年

 点けたままだったテレビから、少し早いテンポの蛍の光を歌う声が聞こえた。紅白歌合戦が終わる時間か……。あれ、そんなに寝てたのか、俺。  衣笠は帰ったのかな? ふと足元を見ると、紺色の綿入り半纏を着た衣笠が転がっていた。  ホットカーペットの上で、熟睡している。あーあ、風邪ひくぞ! 自分に掛けられていた毛布を、衣笠の足元からそっと被せた。テーブルの上には食べ物。衣笠から湯上りの香りがするから、風呂は入ったのか。 「なんだよ。帰ったんなら起こしてくれたらいいのに。」  水臭い奴だ。テーブルの上の玉子サンドをひょいっと摘まみ食いする。……三角の角がカリカリになってしまっている。暖房効き過ぎだよ、この部屋。  並んだ食べ物は、手を付けた形跡がない。寮に戻って風呂に入ったら充電が切れたのか。  大晦日までアルバイトに駆り出されて、ご苦労なこった。頼まれると断れない性格、いや違うな、敢えて断らないんだ、こいつの場合。要領よくさぼればいいのに、さほど苦でもない顔をしてこなしてしまう。  今日は忙しかったのかな、お疲れさん。  紅白の勝敗はどうでもいいけど、年越しは「ゆく年くる年」で除夜の鐘をきかないと落ち着かないと言っていたから、もう起こすべきだろう。  モデルのまねごとをするようになってから急に精悍になったこいつが、寝ていると幼く見える。暖かな絨毯に擦り寄るように、スピスピ寝息を立てている。起こすのが忍びなくて、あと1分だけ眺めていようと思った。  ―――人のこと言えない。俺だって直ぐに起こさない“水臭い奴”だ。  玉子サンドを飲み込むと、鼻先に知ってる香りが漂ってきた。……バニラの香り? あのリップクリーム?  俺が眠っている間に、またまた勝手に塗ったのかな。口元を拭ってみたが、何もついていない。匂いを辿って鼻を鳴らす。すくめた首、襟元がしとしとしている。違うな、右頬? パーカーのフードに触れた頬が香りの出処らしい。 「なんだ?」  確かにこの部屋、異様に乾燥してるけどさ……?  時報まであとわずか。カウントダウンを寝過ごしたら、こいつは落ち込むんだろうな。  手の甲で両頬をゴシゴシ拭いながら、衣笠をどうやって起こそうか考えを巡らせた。

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