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[きぬ]経済格差とスーツ-3-
ホテルのフロントから近い喫茶室の、ボックス席を2つ陣取って今日の予定を確認している野郎ばかりのグループは、僕らと同じくらいの歳だろう。
「あー、あれ? 今日の宿泊者らしいよ。T大学なんたらゼミの名前でフロントに歓迎ボードが掲げてあるやつ。現地集合なのかな」
ふうん、正月からゼミ合宿か。1年次からゼミ参加の大学もあるみたいだし、大変だな。その点うちの大学は、観光業に直結する授業内容。なにより実務重視で有難い。レポートまたは実働で取れる単位もあるし。すっかり高齢化が進んだこの街に学生が暮らし、根付く。地元密着!社会貢献! まさにwin-winの間柄。ゼミ合宿なんかに駆り出されたら、仕事に穴が開いてしまう。
「そういえばさっき、駅前で ワタヌキ 見かけたぜ!」
ボックス席の男子学生の口から聞こえたよく知る名前に、つい耳をそばだてた。
「え?あのワタヌキ?」
「スーツのリーマン風の男と一緒に居たから、声かけるのやめたんだ」
「リーマン捕まえて温泉旅行か!」
「いや、ボディバックひとつだったぜ、リーマンは出張風のブリーフケースで。」
「なにあいつ、こんなとこに引っ込んだの?」
「外の学校受けたのは知ってたけど、東京離れてたのか。道理で全然見かけないと思った」
「ちょっとイメージ変わってて、髪型も違うし、最初人違いかと思ったんだけどさ、見たことあるダッフルコート着てたから間違いないよ」
「この辺じゃ、親のコネだろ。」
「観光地なら、もちろんコネだろうな」
高野も訝しげに押し黙って聞き耳を立てている。
「……あいつのことかな?」
「どうだろう……。家は東京の筈だけど」
グレーのダッフルコート、確かにいつも着ているし。
綿貫のことか確証の持てないワタヌキの話に、もう少し付き合おう。
「え? 男連れって、まさか相手はフジワラ先輩?」
「違うな、もっと大人。金持っていそうなアラサーに見えた」
「ウリか? 相変わらずだよなー!」
「そう簡単に戻ってこれないだろ、クセになってんだよきっと」
「……稼いでんだな。やっぱり」
「それで食えてるんなら俺たちに感謝してもらわなくちゃなあ!」
盛り上がってげらげら笑い声が上がるが、大声で騒ぐグループ連れは下世話にしか見えない。
綿貫の知り合いなのか?
―――違うやつの噂話だ。関係ない。
コーヒーシュガーのストックを出そうと屈み込み、そのまま蹲ってしまった僕に、横で皿を拭いていた高野が低い声で囁いた。
「人違いだよ。あいつはそんなんじゃないだろ?」
「だな。」
わかってる。綿貫なんて、五万といる名前じゃないか。百均でハンコが買えるレベルでメジャーな苗字だ。東京にワタヌキサンが何人いると思ってる。
まだ早い時間だし、あいつはまだ帰っていないんじゃないかな。
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