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第486話
本当にこの仕事は何時まで経っても慣れる事はない。
「学校生活はまったく問題ないです。
テスト順位も良いですし、生活態度も申し分ありません。
友達と楽しそうにしてる姿もよく見掛けますよ。」
目の前に座る三条と三条の母親に、汗がシャツを湿らせる。
居心地が悪いのか三条は机の上ばかりを見ている。
叶うなら自分もそうしたいが、これも仕事だ。
せめてと手元の書類に視線を落とす。
気持ちを静め、三条の成績がプリントされたそれを1枚卓上に差し出し話を進めていく。
「クラス最高点ばかりです。
特に文系の成績が良いですね。
私が受け持ってる教科なので頑張ってくれて嬉しい限りです。」
「先生の教え方が丁寧なんでしょうね。」
「いや、そんな事は…。
三条くんが頑張ってくれてるんですよ。」
以前にも会った三条の母親とはあの時と変わらず三条によく似ている。
優しそうな笑顔は特にそうだ。
「お恥ずかしい話、勉強に関してはこの子の自主性に任せてて口出しはしてないんです。
成績もこの子が頑張ってくれた結果ですけど、先生の教え方のお陰でもありますよ。」
「ありがとうございます。
教師としても私個人としても本当に身に余る言葉です。」
…この人は間違う事なく三条の、遥登の母親だ。
さらりと人の長所を見付け素直に誉める。
そうやってこの子も育てられたのだろう。
だから穏やかに、そして素直に誰かを思うことが出来る。
自尊心があり、折れる事のない矜持をもっている。
それは、今の世の中で簡単な事ではないだろう。
どうしても誰かと比較してしまう。
それをこの子はしない。
きちんと自分をもっているのは、この母親自身がそうであったからなのか。
「三条、すごいな。
よく頑張りました。」
思わず口を衝いて出た言葉は自身の言葉だった。
三条もそれが解ったのか、あっとした顔を見せる。
「いえ、先生の授業が解りやすいからです。
俺は、そんな…」
三条がなんとか取り繕ってくれた言葉に安堵し、肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込み面談を進めていった。
帰り際、その日最後だった三条と母親を廊下まで見送った俺の顔は教師のそれに戻っていただろうか。
親子を見送り、席に腰掛け緊張の糸が切れた長岡は、やっぱり一番最後にして正解だったと深く深く息を吐いた。
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