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第639話
「ただいま。」
ん…?
遥登がいねぇ
何時もなら『おかえりなさい』とやわらかく微笑み迎えてくれる恋人の姿はない。
何時もなら戸の開閉音で顔を出す筈だ。
靴はある。
一体どうしたと靴を脱ぐと中へと急ぐとすぐにその理由を理解した。
珍しい事もあんだな
ベッドの隅で丸くなって眠っている恋人。
そしてその手元には文庫本とスマホが転がっている。
どちらを見ていたのか、はたまたどっちも見ていたのか、すやすやと眠る三条は気持ち良さそうだ。
癖のない髪に指を通しながらその本を手にとると、スピンすら挟まれていない。
読んでる途中ころっと寝てしまったのだろうか。
コートすら脱がずベッド横に座り上下する肩を眺める。
幼い寝顔も少しずつ大人びてきた。
大人と子供の間の危なげなアンバランスさは少しずつ色気を纏いふとした瞬間ぞくりとする。
この生徒のこんな顔を見れるのは自分だけだと昂り泣かせ喘がせ、それでもまだ欲しいと欲してしまう。
本当にどうしようもない癖だ。
寒くはないかと布団をかけるともぞもぞと寝心地の居場所を探しやがて落ち着いた。
規則正しく上下する肩までしっかりと布団を上げ、三条が読んでいた本を手にベッドに背中を預ける。
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