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第671話
「せーんせっ。
おはよー」
おはようと腕に抱き付く女生徒にやんわり離すと様に諭すが寒い事を良い事にぎゅうぎゅう胸を押し当ててくる。
長岡のコートが湿っている事など気にならないのか嬉しそうだ。
「こらっ、沢根。
長岡先生が困ってるだろ。
離れなさい。」
「えー、先生困ってる?
莉奈が抱き付いて困ってる?」
「セクハラで教師続けられなくなると食べていけないので抱き付かれるのは困りますね。」
「えー、酷い。」
甘いにおいを振り撒く女子生徒は体育教師と自分と声色を使い分け愛想まで振り撒く。
体育教師に言われ渋々離れるが諦めようとせず話しかけてきた。
困惑する長岡に気を効かせ体育教師がなんとか間に入ろうとするが何処吹く風。
こうして近くから見ると、この体育教師は生徒との距離の詰め方が上手い。
生徒も嫌がりながら満更でもなさそうに話している。
この教師はこうして生徒とコミュニケーションをとるのかと感心していると、ひょろりとした大きな生徒が視界の端に移った。
くりっとした目がこちらを捉える。
「先生、はよーす。
朝からモテてますね。」
「おはようございます。」
「おはよう。
2人して寒くないのか。」
マフラーを巻いただけの2人は長岡の姿を見付けると真っ白な息を吐きながら挨拶をした。
昨日ぶりの三条は制服を身に纏い優等生の顔をしている。
昨晩のいやらしい顔の面影すらない。
ギャップの激しいその姿は長岡を誘う。
「制服の上にコート着ると嵩張って気持ち悪いんすよね。
ま、電車の中はあったかいし駅から学校迄も近いですから。」
「電車の中、人の熱気っていうか籠ってて気持ち悪いですし。」
「あー、電車通だとな。
でも、風邪には気を付けてくれよ。」
「大丈夫っすよ。
な。」
「はい。
先生も気を付けてください。」
こうして気さくに話し掛けてくれる田上には感謝してる。
話すきっかけがなければ自分から生徒に話し掛けたりする事は少ない。
それこそ相手が三条であってもそうだ。
でも外は寒いんで失礼しますと歩きだす田上と三条は頭を下げて玄関へと歩いていく。
今さっき作った道を歩く背中を見送りながらやっと離してくれた隙をついて雪掻きを再開すると、その姿に女生徒は頬を脹らませた。
「沢根も風邪引くと大変だから校舎に入りな。
センター受けるんだろ。」
「風邪ひかないでくださいね。」
「…はぁーい」
本当に渋々といった風に玄関へと消えて行った生徒にひとつ息を吐いて、また氷を砕いていく。
本当に風邪とインフルエンザだけには気を付けたい。
日々の疲れを三条で癒しているのに会えなくなったらどう疲れを癒したら良いのか分からない。
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