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第672話

冷たい廊下に自然と歩みが早くなる。 擦れ違う1年生から冬のにおいがした。 先生の授業かな 1年生が手に持つ現代文の教科書に足取りは更に早くなる。 学校が再開してから暫く経つが長岡と4棟トイレで会えていない。 3学年の最後のテストも目前に控えていて忙しいのだろう。 頭では解っている。 理解している。 部屋の隅に置かれた大きな紙袋に詰まった書類の類、欠伸を何度もする姿を間近で見ているから休日会えるだけでも嬉しいのは事実だが、ほんの少し欲を言えば抱き締められたいし抱き締めたい。 4棟に足を踏み入れると何時もは開けっ放しの外廊下へと続く扉は閉まっているが、出入りに何度も明け閉めされたそこはぐっと空気の冷たさが増した。 せめて擦れ違えればと思ったけどそう思い通りにはならないか 別にトイレにも用はないが、その扉を開けようとして突然首筋に熱いものを感じる身体が跳ねた。 「っ!?」 咄嗟に首を手で隠しながら振り替えるとトイレに押し込まれる。 見慣れたスーツとネクタイ。 平均より長身の自分よりも更に大きな人。 あ、と思うと同時に自分を押し込んだ当人は口端を上げた。 作り笑いじゃないその顔に三条の纏う雰囲気が一気に明るいものへと変わる。 『やる』 ポケットから携帯を取り出すと目の前に翳された。 カチカチとカーソルが点滅するその画面に小首を傾げると手にあたたかいミルクティーをのせられる。 さっき首に当てられたのはこれだったのか。 長岡の手の中のそれに指を伸ばし数度画面に触れると長岡は頷く。 『ありがとうございます 先生の分は』 打ち込み途中で長岡は携帯を出したのとは逆のポケットからコーヒーの缶を覗かせた。 流石にトイレで飲食は出来ないので教室で飲もうと両手で握り締める暖をとる。 外廊下からの風が冷たくガチガチと身体が小刻みに震えてしまうが、手はじんわりとあたたかい。 1学年の移動も終わったのか静かな廊下に三条は動き、長岡の手を引き個室に入る。 「少しだけ…」 長岡のスーツを掴んで肩に額を押し付けた。 三条は愛しい恋人の体温を堪能し、ぬくもりを身体に移す。 長岡も自分の身体に押し付ける様に恋人の肩を抱くと午後からの英気を貯める。 三条が顔を上げる頃には2人共冷えきってしまっていたが、身体の中の1番やわらかくて大切な場所はぽかぽかとしていた。 「ありがとうございました。 午後からも頑張れます。」 「俺も」 優しく微笑まれ胸の奥が擽ったくなる。 まだほのかにあたたかさの残るミルクティーを握り締めトイレを出るとやっぱり廊下は凍えそうな程寒いが後ろを歩く教師のお陰で足取りは軽くなっていた。

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