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第699話
「父さん。
今、少し良いかな。」
よく晴れた土曜日。
長岡には午後からの行くと連絡をして、珍しく家に居た父の元を訪ねた。
和室のよく日の当たる窓際で新聞を読んでいた父親は息子の声に新聞から顔を離す。
「遥登、どうした。」
「…本当に進学して良いの?」
不安げな声に父は優しく目を細めた。
目尻の皺が深くなる。
笑った時に深くなるその皺は父にとてもよく似合っていた。
小さな頃から変わらないと思っていた父の小さくて大きな変化。
優登は母似だが、笑った時の顔は父に似ている。
「当たり前だろ。
遥登の事だから金銭面心配してるのか?
父さん、あんまり家にいないけどその分働いて給料もらってんだぞ。
頼りないか?」
そんな事は決してない。
首否すると良かったとまた笑う。
父親は読んでいた新聞を畳むと机の上に置いた。
隣には母が剥いたりんごが置いてある。
「父さんな、進学で苦労して1年働いてたんだ。
じいちゃんと意見が合わなくてな。
でも、働いて入学金貯めて、働くって大変な事だって理解出来た。
だから、今の遥登の気持ちも解る。
バイトだって大変だよな。」
ぽかぽかと久しぶりの陽気に母が外で洗濯物を干していた。
母が此方に気付くと父は手を振る。
結婚して20年近く経つのにずっと仲が良い。
「父さんは大学で美月ちゃんと出会って今のやりたい仕事にも就けて行って良かったって思ってる。
だから、遥登にその気があれば行って欲しい。」
両親が大学で出会ったのは知っていたが、父が働いていた事は初耳だった。
じわじわと染みる言葉は自分の背中をそっと押す。
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