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第700話

父も母も穏やかな人だ。 バシッと背中を押すタイプではない。 2人共、優しくておおらかで、笑顔で崖下に突き落とす肝も持っているが這い上がってきた子供を笑顔でしっかりと褒めてくれる。 怒る時も何故してはいけないのかをしっかりと教えてくれた。 してはいけない理由が解れば自ずとしなくなる。 今思えば子供だからとうやむやにせず、一人の人間として尊重してくれていた。 「ありがとう。」 「違うよ。 これは父さんのエゴだよ。 父さんがそうだったから遥登もそうだとは限らないのにな。 ただ、どうしても自分が苦労した事を子供にさせるのは嫌でな。 その分あんまり構えなかった。 男の子と言っても寂しい思いをさせてしまったかな。」 「そんな事ない。 キャッチボールしてくれたの楽しかった。 それに、優登もいたし寂しくないよ。」 「はは、それはそれで少し寂しいな。」 父は笑いながらりんごを差し出してきた。 2人でシャリシャリと食べる。 母は何時もりんごをうさぎにする。 そして父は何時もそれを美味しそうに食べている。 2人にだけわかる何かなんだろうかと、とても羨ましく見えた。 だから、そのりんごを分けて貰える時、その何かを分けてもらってる様で幼心にとても嬉しかったのを覚えている。 今日もうさぎのりんごは美味しい。 「嫌な思いをしてもらった給料も、嬉しい思いをしてもらった給料もあっという間に授業料に消えたけど、習った事は消えない。 一生ものだぞ。」 父は茶化す様に言ったが、その言葉の重みは決し茶化されても良いものではない。 きちんと汲み取れる。 そう育ててくれた。 「遥登が夜遅く迄勉強してるのも知ってる。 成績の事も美月ちゃんから聞いてるよ。 頑張りなさい。」 「うん。 ありがとう。」 バタバタと廊下が騒がしくなり、玄関が開く音と共に弟の元気な声が聞こえる。 「一樹ん家行ってくるっ。」 「行ってらっしゃい。」 優登に手を振る母を見る父の眼差しにりんごを飲み込むと父にもう一度感謝の言葉を言い、自分も出掛ける為に部屋に行く。 早く会いたい。 そう思わずにはいられない優しい眼差しに触発され、早く会いたいとあの笑顔か見たいと弟に続いて家を出た。

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