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第853話
椅子を教室に置くと人混みに紛れて教室から抜け出した。
窓が締め切られた廊下は茹だる程暑い。
その廊下を突っ切り3棟迄行くと外廊下から風が入り込んできてい幾分か涼しかった。
でも、目的は3棟ではない。
チラッとグラウンドの方をを覗くとまだ沢山の教員と生徒の姿がある。
三条は、体育委員や保険委員が片付けている隙をみて渡り廊下を駆けた。
新しいトイレを使いたいと言えば特別怪しまれはしないが、あまり見られたくはない。
キョロキョロと辺りを見渡してトイレに入ると、先客がいた。
「せんせ」
口角を上げた担任の顔は柔軟で、三条の周りに花が咲く。
尻尾をぶんぶんと振りながら個室に入る背中に続き、後ろ手に鍵を閉めると、嗅ぎ慣れた洗剤とボディーソープそして汗のにおいが三条を包んだ。
「大変よく頑張りました。」
「総合は負けました。」
「でも楽しかったんだろ。
楽しそうな顔してる。」
長岡の言葉に頬を綻ばせる。
楽しかった。
すごく楽しかった。
そして、悔しかった。
精一杯取り組んで、楽しんで、望んだからこその悔しさ。
だけど、同時に清々しい。
ジャージから香る恋人のにおいも体温もご褒美だ。
おずおずとジャージを握ると背中に回っていた手が頭を撫でた。
恋人の癖だと嬉しくなる。
「正宗さんも、リレーすごい格好良かったです。」
「惚れ直してくれたか?」
「はい」
小さな声で会話をする。
くっついていれば小さな声でもしっかり耳に届く。
「俺の恋人はすごいんです。」
すりっと頬擦りをすると長岡は気持ち良さそうに目を閉じた。
「俺の恋人もすごいんですよ。」
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