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第855話
長岡の部屋に入るとふわりと爽やかな香りがした。
爽やかですっきりとした香りは、恋人のにおいに似ていて非なるもの。
部屋を埋め尽くすのは、もっと自然なにおい。
天然の芳香。
「いいにおい」
「あぁ、夏みかん貰ったんだよ。
食うか?」
ほら、と台所スペースに置かれている真ん丸の黄色を掲げて見せてくれた長岡はそのにおいがよく似合っている。
爽やかですっきりして微かに苦いが嫌みがなく、香水も柑橘系のせいかイメージがすぐに結び付く。
手洗いうがいを済ませ、いそいそと定位置に行くと、一足早く机の前に行った長岡によって割られた夏みかんがよりにおいを放っていた。
薄皮を剥いてぷりぷりした実を早速口に運ぶ。
「いただきます。
……すっぱっい」
「ははっ、だろ。」
「よく平気な顔して食べられましたね。
すごいきゅーってなりますよ。」
悪戯が成功した様に笑う長岡は平気な顔をして食べていた。
「昨日食って味知ってるからな。
なんとか堪えられたよ。」
ほろ苦く夏にぴったりの味はすっぱいけれど、もうひとつ食べたくなる。
顔をきゅーとさせながら2つ目を口にする。
やっぱりすっぱいけれど、美味しい。
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