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第883話
今年も胃がキリキリする。
何重にも張り付けた教師の仮面は大丈夫だろうか。
何度も確認したが気が気じゃない。
伝う汗がこめかみから首へ、首からシャツへと吸い込まれていく。
「若干名の募集ですので最終決定は会議になりますが、三条くんの成績なら問題ないと思います。
出席日数も…」
目の前にはマーキングを隠し清純な顔をした教え子。
そして、その隣には母親。
今年も苦手な三者面談の日がやって来た。
穏やかな笑顔をたたえ、うんうんと聞いてくれる様子は息子とそっくり。
今更ながら、噛み痕にキスマークに付け過ぎた事を反省している。
去年もそんな後悔をしたはずだ。
喉元過ぎて熱さを忘れた訳ではない。
あれは完璧にスイッチが入ってしまったのだ。
2人とも。
「主人とも話しましたが、遥登が本気なら全力で応援すると決めました。
この子の人生ですから、私達親は応援しか出来ないです。
寂しいですね。」
寂しい、と呟いた三条の母親。
それは、自分が最近よく思う恋人の成長が嬉しくて寂しいに似ているのではないか。
真っ直ぐに背筋を伸ばし相手を見て話す姿も三条にそっくりだ。
その姿に、ボールペンを握る手に力が入る。
「僕も全力でサポートします。
力不足なのは重々承知ですが、どうか、よろしくお願い致します。」
長岡は机に額が着く程頭を下げた。
深々と頭を下げる担任に三条も三条の母親も目をまん丸くして驚く。
「先生、顔を上げてください…。
やだ、大丈夫ですよ。
落ちても先生のせいだって責めませんし…」
「先生…」
三条の声にやっと顔を上げた担任は一瞬恋人の顔をした。
いや、三条もそんな気がした位にしか思えない程一瞬、素の顔を見せた。
「先生になら、安心して任せられます。
遥登をお願いします。」
心配そうに眉を下げる教え子にその横で凛と頭を下げるご母堂。
母親は勇敢で偉大だ。
自分は嘘を吐きまくっているのに。
大切な子息に手を出す教師失格者なのに。
良心がズキズキと痛い。
だけど、それはしあわせの裏返しだ。
その痛みすらしっかりと受け止める。
絶対に合格させます
長岡はもう一度頭を下げた。
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