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第915話
朝食も着替えも済ませ、最後に腕時計を付けていると背中から抱き締められた。
自分を包むいいにおいに胸が騒ぐ。
「貸してみ。」
そのまま腕に時計を嵌められた。
よし、と耳元で好きな人の好きな声が鼓膜を震わせる。
「ありがとうございます。」
「ん、どういたしまして。」
離れていく体温に振り返ると、目の前にあるやわらかい表情は恋人のもの。
その顔ももうすぐ教師のものへと変わってしまう。
長岡先生も格好良いが、やっぱり正宗さんが1番格好良い。
「どうだ。
ネクタイ似合うか。」
「はい。
とっても似合ってます。」
同じく真っ白なワイシャツに三条がプレゼントしたネクタイを締めている長岡は本当に公務員には見えない。
青地に空色の細いラインの入ったネクタイは誠実さも兼ね備えながら20代の瑞々しさもあり、とてもよく似合っている。
爽やかさもあるが華やか過ぎず一目で似合うと気に入った品は学生には少し値も張ったが、1年に1度の恋人の誕生日なのだからと購入した。
バイト代の貯金からプレゼントを買った事を長岡は気にしたが、三条の気持ちの籠ったプレゼントを否定出来ない長岡は痛い程抱き締めながら何度もありがとうと言い受け取ってくれた。
長岡が自分の誕生日に首輪に似ていると腕時計をプレゼントしてくれた。
贈られてから毎日愛用している時計。
そんな物を贈りたい。
時計盤の縁を撫でながら考えたのはネクタイ。
勿論実用面もあるが、首元の装飾という大きな括りで首輪に似ているというのもある。
そして、プレゼントの意味。
「綺麗な色だな。
手触りも良いし。
すげぇ気に入った。」
「良かったです。」
シルクの光沢も、手触りも気持ちが良い。
やっぱりそれにして良かったと三条も頬を緩める。
長岡はネクタイを手にしもう一度しっかり見ると、クローゼット横の本棚からタイピンを取り挟んだ。
見慣れた長岡先生の出来上がり。
「お、どうした。」
「…少しだけ、このまま」
「気が済むまでしてな。」
ぎゅぅっと抱き付くと恋人の良いにおいと体温に身体の奥のやわらかいところが満たされていく。
まるで子供にするみたいに髪を梳く長岡に甘え、最後に少しの間だけ恋人を独占する。
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