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第916話

最後にすり、と頬擦りをする。 身体を離すと少し屈まれ視線を合わせて頭を撫でられた。 「朝からたまんねぇな。」 たまらないのは自分の方だ。 穏やかな表情に優しく細められる目。 きゅぅっと胸が甘酸っぱく締め付けられる。 こんな顔されたらたまらない。 両手で頬を捕まれ犬や猫にする様に肉付きの悪い頬を揉まれる。 冷たくて大きくて優しい手のされるがままになっていると、額に唇をくっ付けられた。 「俺も、少しだけ。」 自分の言葉を借り、そう言うと子供みたいな無邪気なキスが顔中に降ってくる。 鼻に目蓋に、唇に。 教師の姿をしていても、恋人のままの長岡が愛おしい。 頬を挟む手に、自分の手を重ねると長岡の纏う空気が殊更やわらかくなった。 「今日も頑張って稼ぐか。」 「先生がそんな事を生徒に行って良いんですか。」 冗談めかした言葉に顔を見るとニヤリと右口角を上げる。 「今は恋人だろ。 良いんだよ。 あ、遥登そろそろ電車じゃねぇのか。」 「え、本当だ。」 ニュース番組の隅に映る時刻に、三条は鞄を掴む。 今日は、何時もの電車とは違うものに乗る。 乗り換えがない分ゆっくり出来ているが、そろそろ部屋を出なくては。 「遥登、行ってらっしゃい。」 「行ってきます。 正宗さんも、行ってらっしゃい。」 「ん、また学校でな。」 靴を履きドアノブに掛けた手を離すと、玄関まで見送りに来てくれた恋人にもう1度向き合う。 やっぱり… ……俺なら出来る 玄関の段差で踵を大きく上げてちゅと頬に唇をくっ付ける。 「行ってきます…っ」 背後でクスクスと声が聴こえたがもう振り向けない。 ドアを開けると顔と同じ位暑くて、これなら赤くなった顔も誤魔化せると駅へと急いだ。

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