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第922話
翌日は少し気温が上がったがこれでも平年並みらしい。
去年の今頃はどんな気温だったか思い出しながら長い廊下をまっすぐ進む。
結局思い出せないまま4棟トイレに来たが、遅かった様で長岡どころか生徒とも擦れ違わなかった。
僅かな期待を込めて中に足を踏み入れたが案の定無人。
会えないのは残念だが居ないなら致し方ない。
戻ろうかと踵を返すと腕を引かれ個室に引き摺り込まれる。
あっという間に背中から伸びてきた手が鍵をかけ、閉じ込められてしまった。
「だ…っ」
「しー」
ふわりと嗅ぎ慣れたにおいが空気を揺らした。
口の前に人差し指を立てられ声を押さえる、自分を個室に引っ張り込んだ犯人は後ろで暢気に笑っている。
居ないと思ったらこんな所に隠れていたのか。
顔だけ後ろを見ると、ようと軽く挨拶された。
「まっ、先生、居たんですか。
びっくりした…。」
「風邪ひいたのか?」
「なんで知ってるんですか…」
「そりゃ恋人ですから。」
耳元で囁かれた言葉にドキドキと胸が騒ぐ。
学校内での逢瀬はそれだけでスリルのあるものだが、今の言葉は恋人のものだ。
聞こえたらまずい。
スマホを取り出そうとポケットを右手を伸ばすとその手を捕まれた。
「移せばすぐ治るから、移せよ。
遥登の風邪欲しい。」
駄目だと左手で口を覆うと首否する。
絶対駄目だ。
ただでさえ忙しい時期に、鼻風邪だとしても風邪なんて移せない。
丁度背中を向けているしこのまま乗り切れればと思ったが甘かった。
長岡はそんな事を許す様な甘い人間ではない。
ちゅ、と襟から覗く皮膚にキスをされゾクゾクとしてしまう。
ぴくっと肩を震わせると、それに気を良くした長岡は耳縁を噛んできた。
カリっと軟骨が音をたてて噛まれる。
「…っ、…」
ゆっくり縁を舐め、また噛み、長岡は三条を煽る。
「こっち向けよ。」
自分の好きな低くて甘い声。
「遥登」
腕を掴む手に力が入った。
狡い…
狡い…
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