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第999話
もう泣いても笑っても2日しかない。
金曜日の放課後のどこか浮き足立つ空気も三条には関係ない。
長岡から説明の入った用紙を受け取り説明を聴いていると、進路相談室のドアがノックされた。
「はい。」
「長岡先生、お電話です。
書店さんからなので確認かと。」
「ありがとうございます。
三条、悪いけど少し席外すな。」
三条は頷くと進路指導室から出ていく背中を見送った。
「三条くん、お隣良いですか。」
「あ、はい。
勿論です。」
失礼しますね、とスツールに腰かけた亀田は赤ペンの入った原稿用紙に視線を滑らせると何時もの穏やかな顔で頷いている。
亀田の印象は穏やかに笑い何時もの丁寧に話す物腰のやわらかいおじいちゃん。
亀田も長岡と同じ人文科担当だが三条は担任である長岡の授業しか受けた事がなく、接触らしい接触も長岡が出張時に代理としてプリントの配布や質問だけであまり話した事もない。
少し緊張する。
小論を読んでもらった事と、そういえば、1年の冬に教室で体調不良を起こした時にお世話になったな。
本当にそれ位で、話したのも数回だ。
原稿用紙から顔を話した亀田は目尻の皺を深くした。
「三条くんは、長岡先生か良き薫陶を受けていますね。」
「ちゃんと、受けられているでしょうか。」
時々不安になる。
目標とする人の知識の内どれだけを吸収出来ているのか。
どれだけを自分のものに出来ているのか。
きちんと咀嚼出来ているだろうか。
隣に並びたい、なんて高望みし過ぎだろうか。
心配げな三条の声に亀田は穏やかな笑顔のまま頷いた。
「ええ。
大丈夫ですよ。
長岡先生から沢山の事を吸収されてますね。
羨ましいです。」
そう褒められた事が純粋に嬉しい。
長岡は亀田を尊敬していると話をしていた。
だから、その人に褒められた事が素直に嬉しい。
つられて三条も笑うと長岡が戻ってきた。
「三条、待たせて悪かった。
亀田先生も、ありがとうございました。」
「いいえ。
では、僕はこれで。
三条くん、頑張ってください。
応援してます。」
「ありがとうございます。」
手を降って去っていく亀田の背中は小さくて、ずっとずっと大きいものだった。
大丈夫
俺は、俺が信じる人を信じる
だから、大丈夫だ
長岡を見上げ小さく笑うと、綺麗な笑顔が返ってきた。
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