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第1005話

やはり受験がストレスになっていたらしく、推薦明けの三条は顔色が良い。 心なしか表情も穏やかだ。 しっかり睡眠もとれたのだろう。 「蜻蛉日記は、990年頃平安時代中期に成立しました。 作者は藤原道綱の母です。」 教室内を説明をしながら歩く。 生徒達はメモを取ったりマーカーラインを引いたり下を向いている。 三条も然り。 真っ直ぐな髪が顔を隠し表情が見えない。 変わりに丸い頭部を視界にいれるながら隣を通り過ぎた。 「蜻蛉日記の特徴ですが、1つ目は最初の女流日記文学で自伝的回想記の形であること。 2つ目は、全三巻から成り、上巻は藤原兼家との恋愛から道綱が産まれるまで。 中、下巻は、第2婦人としての不安や夫の不実を嘆く苦悩や道綱への母としての愛情など心理描写が綴られていることです。」 一般入試組はまだまだ気が抜けずむしろ此処からどれだけ追い上げられるか、昼休み放課後と質問に来る。 他学年も質問に来るもんだから休憩ギリギリに昼飯を食べる事も増えた。 それで理解してくれるならお安いご用だが。 「さっきも言いましたが、夫婦仲は悪いです。 それを前提条件として、基本的に苦悩や不満を示す語は作者の心情を示すものとして考えてください。」 2階の教室から色付いた葉が躍りながら落ちていくのが見える。 1枚、また1枚、くるくると楽しそう。 そんな事を思うのは、感受性豊かな恋人のお陰。 もう1度三条の隣を通り過ぎた時、三条の細い指が腕時計の盤を撫でていた。

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