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第1049話

「ここの活用法はなんですか。」 「シク活用…?」 「なんで疑問系なんですか。 正解ですよ。」 長岡はふと手に持ったノートに視線を落とした。 ぞくっとする色気に三条は見惚れる。 「現代語訳は、自分だけが恋しい人に逢えず哀しい思いをするのか。 あの彦星だって織姫と逢わずに過ごす年は決してないのに。 に、なります。」 「シンプルに切な…」 女子の一言に担任はそうだなと続いた。 「和歌集には彦星と織姫を題材に上げている作品は多いです。 年に1度の逢瀬が悲恋のシンボルなんだろうな。 自分達も自由に恋愛が出来ず、せめて詩の中ではあの人を思い詠う。 そういう時代でした。」 今の時代と変わらない恋愛観。 会えずに悲しいと嘆き、逢瀬が待ち遠しいと恋い焦がれる。 今よりそう簡単には会えなかった時代だからこそ、激しいものもある。 「百人一首は自然の情景より恋の詩が沢山読まれていますが、中にはドロドロしたものもあります。 例えば、忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな。 あなたは何時までも忘れないと言うけれど、そんな未来の事まではわからない。だからそう言ってもらえる今日を最後に死んでしまいたい。 簡単に言えば、愛されている内に死にたい。 これは中々重いですね。 でも、自由に恋愛が出来なかった当時の様子がよく分かります。」 「先生は恋のうたって言ったら何選びますか。」 女子生徒の質問に、長岡は暫し考える。 そして、ふと和歌を読んだ。 「…思へども なほぞあやしき 逢ふことの なかりし昔 いかでへつらむ……、いや、やっぱりこっちだ。 君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」 「意味は?」 「自分で調べてください。 活用もな。」 えー、と色めき立つ女子達に三条の心臓はドクドクと鼓動を早める。 だって、その和歌の意味は… 「はい、切り替えて続きしていきますよ。」

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