1160 / 1273

第1160話

足音が止まった事に気が付いた長岡は振り返りその姿を目に焼き付ける。 三条が何かを吸収する瞬間は清らかだ。 そして、美しい。 三条になって、三条の目を通してこの世界を見てみたい。 一体どんな風にみえるのだろう。 長い時間を一緒に過ごしてきても、いまだに思う。 三条が羨ましい、と。 「如何なされましたか?」 「いえ。」 仲居の声に三条も気が付き、フロントへと歩みを進める長岡の後を付いていく。 「予約してます。 長岡です。」 「お待ちしておりました。 此方にご著名お願い致します。」 ボールペンを受け取ると、背後でお茶とお菓子をどうぞと聞こえてきた。 ありがとうございますと言う三条の声が続く。 手元をじっと見てくる仲居に長岡は声をかけた。 「似てないですよね。」 「あ…、失礼致しました。」 「いえ、気にしないでください。 兄弟仲は良いんですよ。」 にっこり笑って見せれば仲居はほぅっとする。 この顔はこういう時に役立つから便利だ。 兄弟という事にして記帳を済ます。 ただ、それ以外は事実を書いた。 未成年を連れ回しているのも事実。 この旅行では、三条との関係以外であまり嘘は吐きたくなかった。 やましい関係なんかじゃない。 そんな関係にしたくない。 ただのエゴだ。 作り笑いを称えていると、茶菓子を食べているはずの遥登が裾を引っ張り小さな声で話し掛けてきた。 「ちょっと、何言ってるんですか…」 「大丈夫だって。 わざわざ遠い所にしたんだし、知り合いなんかいねぇよ。」 「わからないじゃないですか…」 「如何なされましたか?」 いえ、と首否し再度笑顔を向ける。 中庭に面した席で、三条とお茶を飲む。 そんな事だって、贅沢でたまらなく嬉しい。

ともだちにシェアしよう!