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第1203話

卒業式予行日、相川が生物室を出たのは空の色が変わってからだった。 施錠をして、ふと顔を上げると向こうの教室に明かりが点っている。 3学年はとっくに下校したはずだ。 なのになんで電気が点いているのだろう。 消し忘れ…? それなら消した方が良いだろうと相川は手前の廊下を降りず、その教室へと向かった。 A組…… あ、誰かいる… 人影に驚きぴくっと肩を震わせた相川は無人じゃないのなら帰ろうかと思ったが、その影の大きさにもう1度教室内を覗き込んだ。 「長岡、先生…?」 「あ、相川先生。 今お帰りですか。」 「あ、はい。 先生は……」 長岡が向かう黒板を見てダサい眼鏡の奥の目が大きく見開かれた。 「黒板アートって言うらしいです。 桜の季節にはまだ早いですから。 せめて、と思ったんですけど中々難しくて…。 絵心無いんですよ…。」 「すごい…、そんな…A組の皆さん、驚きますよ。 これは、嬉しいです。」 長岡はチョークの粉塗れの手をパンパンと叩きながらはにかむ様に笑った。 スーツの袖口や裾をピンクや白に染めて一所懸命に黒板に向かっている姿は格好良い。 自分の事の様に嬉しそうにする相川はチョークが足りなければ生物室のも使ってくれと申し出る。 この時間事務室は施錠されていて替えのチョークが貰えない。 備品のチョークを使うのは憚られ自前のチョークだと言うと、また目をくりくりとさせた。 「長岡先生は、本当にA組が好きなんですね。」 「…僕が、はじめて1年から受け持ったクラスですから。」 三条の事を抜きにしても思い入れのあるクラスだ。 きっと一生忘れることはない。 いや、忘れられないクラスだ。

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