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第1254話

暫く2人で眺めていた斜陽は山へと帰っていった。 次第に帳が辺りを包む。 日が落ちると寒さはぐっと増したが、三条の顔が見える様になった。 そこにいるのは恋人の顔をした三条だ。 愛おしい。 早く抱き締めたい。 清潔なにおいを嗅ぎたい。 子供体温を存分に感じたい。 遥登に触れたい。 「帰るか。」 「はい。」 「今日は来てくれてありがとな。 三条に会えて嬉しかった。」 「俺も、先生に会えて嬉しかったです。」 お愛想ではなく本音だ。 まさか会いに来てくれるとは思っていなかった。 それに、夕飯まで一緒に食えるなんてな。 帰ろうと出口に向かっているとクンっとスーツが何かに引っ掛かった。 そこを振り返ると細い指が裾を掴んでいる。 「…先生」 「どうした?」 「靴紐、ほどけてますよ」 今度は自分の足元を見るがほどけてなんていない。 「…?」 「ほどけて、ます」 そう言い張る三条に従い屈むと、三条もしゃがみ込んだ。 チュ 「最後の思い出…だから……」 しっかりと唇に触れたあたたかな感覚に長岡はとうとう教師の仮面を外した。 「遥登」 暗闇に溶ける程小さな声で恋人を呼ぶともう1度だけキスをした。 あんな最低なきっかけをこれでチャラに出来るなんて思ってなんかいない。 だけど、この学舎で最後の思い出は恋人同士のものにしたって良いだろう。 罰があるなら、自分が喜んで受けるから。 少しだけこの我が儘を許してくれ。 花束から青いにおいがする。 思い出の沢山詰まったこの校舎で、最後の思い出は恋人とのキスなんてどこぞのドラマだ。 だけど、はにかむ様に笑う恋人の愛おしいしい事と言ったらない。 だから、いいか。

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