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第15話
そっと目をあげると、こちらを見下ろしていた上城と目があった。漆黒の双眸は、静かに、けれど陽向の様子を観察するようにしている。普通にしていても鋭さのある眼差しだった。
「……えと」
沈黙に耐え切れず、なにか話題はないかと口をひらいた。
「上城さん、は」
「え?」
「あ、えっと、お名前、上城さんなんですよね」
「ああそうだけど」
そっけない口調は、他の客相手でもそうなんだろうか。それとも自分だけなんだろうか。あんなとこ、触らせたから不機嫌なんだろうか。
戸惑いながら、ひらいてしまった口だから、とじることができずに話し続ける。
「上城さん、は、ボクシングとか、されてるんですか」
「ああ」
「昨日の、パンチが、すごかったから」
上城はカウンターの上に残っていたものを片づけながら答えた。
「四年まえまで、アマチュアでボクシングをやってた。けど、今はやめてバーテンダーが本業。時々、体力作りのためにジムには行くけど」
「そうなんですか」
なんでやめちゃったのかな、と思いながらビールを傾ける。なにか事情があったのだろうか。けれど知り合ったばかりなので、突っ込んで事情を訊くのははばかられた。
上城が顔をあげて、周囲を見渡すようにする。なにか遠くのものを探すような眼差しに、つられるようにして陽向も面をあげた。
淡いオレンジ色に照らされた店内を、ぐるりと眺めまわす。昨夜はよく見なかったけれど、ここザイオンの内装は新しく、落ち着いた趣味に飾りつけられていた。
アイボリーの塗り壁に、こげ茶色の樫の腰板。壁には海外のビンテージポスターのコピーがかけられている。
暖かな明かりを店内の所々に投げかけているライトのデザインも趣味がいい。狭いがくつろげる雰囲気があり、お宮通りの奥にあるにしては洒落たセンスのいい店だった。
一杯だけという約束だったので、ふたりでグラスをあけると、礼を言ってスツールを下りた。
「アキラ、おまえ、ふたりを送ってってやれ」
「はい! わかりました」
栗色の髪の青年が元気よく返事をする。陽向と上城が話をしている間、アキラというバイトはずっと桐島を構っていた。送っていけという命令に、喜んでカウンターから飛び出たところを見ると、どうやら桐島のことが気に入ったらしい。
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