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第19話

「今日も上城さん、来てるみたい。ほら、見てみようよ」  桐島に誘われて、入り口のドアをくぐる。一階フロアには大きな窓がついていて、ボクシングジムの練習風景が見学できるようになっていた。  ジムでは七人ほどの男たちがトレーニングをしている最中だった。サンドバッグを相手に汗を流したり、マットを敷いてストレッチをしたり、鏡のまえでシャドウボクシングをしていたりと、さまざまな練習に励んでいる。 「ねね、あれ、上城さんじゃない?」  桐島が指さす方を見てみれば、隅にあるリングの上で、Tシャツにハーフパンツという服装にヘッドギアとグローブをつけて立っている背の高い男が目に入った。確かに上城のようだった。  リング上にはもうひとり、若い男がいた。上城と同じ装備を付けている。  上城が若者に手招きするような仕草をすると、応じた青年が一歩まえに出た。ふたりは向きあい、確認を取るように何度か頷きあった。これからスパーリングをするらしい。  リングの外でベルが鳴ると、ふたりは拳をかるくあわせてから距離を取ってステップを踏み始めた。  陽向と桐島は、ガラス窓の外側からその様子を眺めた。  上城の動きは軽快で、まるで豹のように俊敏だった。相手に対してキレのある拳を、目にもとまらぬ速さで何度も繰りだす。体重や空気抵抗など存在しないかのように、かろやかに移動しては鋭いパンチを投げかけていた。  ヘッドギアの間から、射るような鋭い視線が見える。以前見た冷静な顔とは別人の、勝負に挑む拳闘士の瞳だった。冴えた表情が、整った容貌を際立たせている。  その姿から目が離せなくなった。  上城は陽向が見ていることには気づいていない。ただ目のまえの獲物だけに集中していた。  挑戦者と、彼の実力の差は歴然だった。素人眼に見ても上城の方が断然うまくて、動きに無駄がなく流麗だ。  陽向はボクシングには全く興味がなかったくせに、いつの間にか真剣に眺めていた。 「すごくステキよね」 「うん、そうだね」  バーにいるときとは全然違う、戦う姿がそこにある。格好いいと素直に思えた。

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