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第29話
目のまえのふたりが、楽しそうにボクシングの話題に花を咲かせる。しかし陽向はその会話に混ざることができなくなっていた。
わけのわからない緊張感が全身を覆っている。
――嫌われてるんじゃなかったの? 俺、この人に、嫌われてるんじゃないの?
そっと上目で、相手を見あげる。陽向の視線を感じ取ったかのように、上城がこちらに目を向けてきた。鋭い目つきはもう、怒っているようには見えない。どちらかと言えば、――強引に、誘われているような気がする。
自分はこの人に嫌われているのか? それともまさか好かれているのか? いやもしかして単にからかわれているだけなのか?
混乱した頭で、ぐるぐると意味不明のことを考える。店を出るまで、心の中はずっと迷走したままだった。
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