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第32話

 それは、桐島と上城だった。並んで話をしながら、多分、陽向の教えたレストランに行こうとしていたのだろう、桐島が通りの店を指さしている。  こちらに気づくと、桐島が「あ」という顔を見せてきた。 「や、やあ」  陽向は手をあげて挨拶をした。けれど笑顔が強張ってしまった。 「陽向じゃないの」 「う、うん、偶然だね」  これはまずいタイミングだったかもしれない。桐島がレストランの名前を尋ねてきた時点で、誰かと行こうとしているのだと、どうして気づかなかったのか。  桐島はいつもより女の子らしい格好をしていた。シックな花柄ワンピースは学校には着てきたことのない上品なものだ。対して上城は、バーテンダー姿でもスポーツウェア姿でもなく、今日は無地の白シャツと黒のデニムパンツという涼しげな好青年ファッションだった。まるでデートのような雰囲気が、ふたりの間にはあった。 「ど、どしたの、ふたりでさ」  声がひっくり返ったようになる。自分抜きで桐島が上城と会っていたとしても、別に不思議なことではないのに。  桐島は上城を狙っていると言っていたから、あれから彼女が頑張って、仲が進展したのかもしれなかった。  上城の方は『彼女のことは趣味じゃない』と言っていたけれど、ボクササイズ教室で一緒にすごすうちに、彼女のことを好きになっていったのかもしれなかった。  どちらにしても、陽向の知らないところで、ふたりはうまくいっているようだった。 「上城さんに頼んで、ボクササイズのシューズを選んでもらってきたの」  桐島が無邪気に手にしたスポーツ用品店のロゴ入りの袋を掲げてくる。 「あ、あー……。そうなんだ。そりゃあ、よかった、ね」  口端が痙攣したようになった。言いながら、隣の上城にどうしても目を向けることができなくなる。  彼が今、どんな表情をしているのか見るのが怖い。ニコニコと幸せそうに笑っていたら、なんだかひどく傷つく予感がする。 「あ、もしかして、今からそこのイタリアンとか?」  無理矢理な笑顔を崩さないようにしながら、通りにあるレストランの看板を指さした。 「そうそう。そこに行こうと思ってたの。さっきはありがとね、陽向」 「うんいいよ、役に立ってよかったよ」  ニコニコと幸せそうに笑う桐島は、その先の言葉を発しない。陽向も一緒にどお? と誘ってはくれない。

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