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第34話
相手は返事をしない。財布も携帯もだそうとしない。連れの客でも待っているのかと顔をあげて、驚いた。
陽向のまえに立っていたのは上城だった。
「……」
相手は愛想の欠片もない表情で見下ろしている。
「あ、あの」
予想していなかった状況に、陽向は口をあけたまま言葉をなくした。接客マニュアルに書かれている対応も忘れてしまう。
「ぐ、偶然ですね」
バーコードリーダーを握ったまま、的外れな一言を発した。
「彼女に聞いたから」
短く答えた言葉の意味は、きっと陽向のバイト先を桐島に聞いたということなのだろう。多分、さっきのランチの席で。
「あ、あぁ、そうですか」
差しだされたコーヒーを手に、バーコードを読み取った。カウンターにもう一度おくが、上城が財布を取りだす気配はない。
「さっきさ」
その代わり、思いがけない言葉を投げてきた。
「俺のこと避けただろ」
「……」
平淡な声で尋ねられる。けれど感情を押し殺している様子はビシビシ伝わってきた。
――俺、責められてるの? この人に。
なんで? 邪魔しないように気を使っただけなのに。
目をそらして、そんなことありましたっけというような表情を作ってみる。なのに心の焦りは丸わかりになっているようだった。
「なんでだよ」
重ねて問われる。声には威圧感があって、責めているようだったけれど聞きようによっては傷ついているようにも感じられた。そんな揺らいだ言い方だった。
それは、おふたりのせっかくのデートのお邪魔をしたくなかったからです、という台詞が頭には浮かんだが、舌が縮こまってしまい口から出てこなかった。
陽向が対応に困っていると、上城がため息をひとつ吐いた。そうしてから、「あのな」と低く呟く。
「あんたが彼女のことを好きなら、俺は別になにもしやしないよ」
「……え」
陽向は相手を見返した。なぜ、今ここでそんなことを言われるのか。
そうして、そう言えばと思いだした。
このまえの居酒屋で、上城に桐島のことが好きなのかと尋ねられて、当て馬の役割を言い渡されていた陽向は、そうですと答えたのだった。ふたりの間に割り込んで恋のさや当てをするために、心にもないことを伝えていた。そのことを上城は覚えていたらしい。
だとしたら、まだ彼女のことを好きな振りをしていた方がいいのか。
「彼女のこと狙ってるから、俺のことを避けたのか?」
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