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第50話

 陽向はシャツの袖口で鼻先を拭うと、「……俺、このまま先に帰りますから。あとはふたりで最後まで観てってください」と告げた。エンディングがどうなるのか気にはなったが、これ以上情けなく感動している姿をこの人に見られたくなかった。 「なんで? せっかく観にきてんのに。一緒に最後まで観て行けよ」 「……この状態じゃ、無理かと」  ぐす、と洟を啜って上城から目をそらした。こんな男らしくないところは、憧れの相手にあまりさらしたくはない。  上城は腕を組んだまま陽向を見下ろしていたが、やがて壁から離れるとトイレの中へと入っていった。用を済ますのかな、と思って待っていたら、すぐに手に紙タオルを数枚掴んで出てくる。陽向のまえで、それを折りたたみ乱暴に手渡してきた。 「ほら、これ持っていけばいいだろ。別にあんたが泣いたって誰も気にしねえよ。面白いと思ったから感動したんだろ。だったらエンドまでちゃんと観てけよ。ついててやるから」 「……え」  腕を取って、劇場まで引っ張っていこうとする。力強い手に引かれて、陽向はたたらを踏みながら扉のまえまで連れていかれてしまった。 「あ、あの。だったら、俺、一番うしろで立って観ます。もう終わりに近いし、今から動いたら観てる人の邪魔になるだろうから」  中に入ろうとする上城を押しとどめて伝えると、相手も陽向が戻る気になったのに安心したのか、小さく頷き「じゃあ俺もそうする」と言って扉を押した。  ふたりで暗い劇場内の通路に沿って、一番奥へと移動する。立ち見の場所で手すりによりかかり、輝くスクリーンに目をやった。  物語はラスト近くにさしかかっていた。主人公は不幸のどん底から這いあがろうと懸命になっているところで、ぼろぼろになりながら故郷の街へと向かっていた。ついに犬が死んでしまうと、陽向のやわな涙腺はまた、女々しくも崩壊してしまった。  泣くまいと力を込めても、勝手に涙はあふれてくる。もらった紙タオルを鼻に当てて、うっと小さく呻いたら、隣の男が背中に手を添えてきた。  不意に優しく包み込まれて、少し驚いてしまう。けれど悲しみに緊張していた心は、大きな手のひらを素直に受け入れた。  上城が、肩甲骨のあたりをなだめるように擦る。そうしながら、そっと耳元に囁いてきた。 「あれは演技だ。死んでない」

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