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第51話
と、陽向の感動をぶちこわす現実的な言葉を投げてきた。それに涙もぴたりととまる。横を向けば、思いがけず近くに相手の顔があった。上城は陽向の反応をうかがっていた。
「……そうっすね」
泣き笑いの表情を浮かべると、上城は「うん」というように顎を引く。生真面目な表情に、思いやりが表れていて、それで昂っていた心が鎮まっていった。
――この人は、この人なりの方法で、俺を気遣ってくれてるんだ。
陽向は銀幕に視線を戻しながら、喉元から込みあげる嗚咽まじりの微笑みを抑えるように紙タオルを口に当てた。
上城の手は、ずっと陽向の背にあてられていた。労わるように、親指で背をやわらかく撫でている。あの、暴漢に襲われて怪我をしてしまったときと同じように。
ラストで主人公が恋人と奇跡の再会を果たすと、陽向はまた登場人物に感情移入して泣きそうになった。
恋人の腕の中には子犬が抱かれている。死んだ犬の子供だった。粋な演出に、瞳がうるうるとなる。音を立てないように静かに泣いていると、上城は手のひらを肩に移して、ぐっと力を入れてきた。その強さに、どうしてか安心してしまう。
スクリーンの中の主人公も恋人と抱きあっている。感動的な物語に同調して、陽向の気持ちも高揚していた。上城に身を任せているという状況に違和感を覚えない。むしろ、すごく幸せだった。
男ふたり、劇場の後ろでより添って、片割れは泣いているという図は、もし誰かが振り返って見つけたとしたら、妙な光景だったかもしれない。けれど、離れるという考えは陽向の中に全く思い浮かばなかった。
やがてシーンが変わり、映画内のふたりは再会の盛りあがりのままに、寝室へとなだれ込んでいった。
抱きあいながら、笑顔でベッドへと倒れ込む。熱い眼差しを絡めあい、キスを交わし、あっという間に濃厚なラブシーンへと突入していった。
「……」
観客の目のまえで、早急にお互いの服を脱がせあう。愛の言葉を囁きつつ、あらわになった肌を重ねあわせて、またキスをする。ふたりの息づかいがドルビーサラウンドで劇場内に響き渡った。
もちろん、画面は男女であったが、陽向は目をまん丸にして固まってしまった。童貞の自分にはレベルの高い状況である。しかも隣には憧れの、けれど男性が。
陽向はそっと身体を動かして、上城から距離を取ろうとした。もう泣くことはないだろうから。
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