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第52話
しかし、身じろいだ瞬間、ぐいっと力強く肩を握りこまれて、さっきより近くへと引きよせられた。上城の肩に自分の頭がのっている状態になる。
――え? なんで?
と焦ったが、上城の方が陽向よりずっと腕力があったから、抱き込まれたままどうにも逃げられなくなった。上城は手のひらで陽向の肩口をすっぽりと覆い、指先にも力を入れてきた。
熱い手のひらだった。その熱で、こっちの体温も上ってしまうような。
画面では相変わらず、恋人同士が熱心に抱擁を続けている。感化されて、陽向の心臓も抱擁されたように圧迫され始めた。ドキンドキンと太鼓でも叩いているかのように暴れだす。動けないまま、そうして相手の顔を見あげることもできないまま、陽向はロウ人形のように固まった。
「……やばいな」
不意に、横の男がため息のような声をもらした。
「……」
煽られるように、腹の奥から経験したことのない感覚が発生してくる。
重くて熱いその感情の波は、へその下にすぐに移動して、いつもは静かに眠っている器官を刺激した。陽向は瞬きを繰り返して、身体の中の変化を追い続けた。そうして、脳がそれをもっと、と望んだ瞬間におののいた。
ラブシーンは正味一分間ぐらいだったろう。けれどそれが終わったとき、陽向は感動で泣いたときよりも疲れ果てていた。
クレジットが流れ、場内が明るくなってやっと上城は陽向の肩から手を離した。
前方の席で立ちあがった桐島が、頭をきょろきょろさせているのが見える。ふたりを発見して、心配そうにやってきた。
「陽向、大丈夫だった?」
桐島の目も少し赤かったが、陽向はその比ではなかった。
「うん……ごめん」
ふたりに迷惑をかけてしまったと思い、萎れながら謝った。
「いいよ、全然。あたしも泣いちゃったしさ。陽向はこういう映画弱いんだ?」
「はい、そうです」
申し訳ないとばかりにうなだれたら、桐島に背中を叩かれた。
「気にしなくていいわよ。あーあ、あたしももっと泣けばよかったかな。そしたら上城さんに心配してもらえたのに」
と笑顔で言われて、陽向も苦笑してしまった。
映画館を出たら、もう十一時をすぎていた。桐島を駅まで送っていって、終電間近の電車にのせる。陽向の家は駅から近いので、上城とは駅まえで別れるつもりでいた。
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