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第53話

「それじゃあ俺はここで。今日はお世話かけてすいませんでした」  駅舎のまえでぺこりと頭をさげる。残されたふたりきりという状況に、気恥ずかしさを感じた陽向は、そそくさと挨拶をすませて帰ろうとした。  しかしなぜか腕をぐいと掴まれる。振り返れば暗い街灯の下、表情の読めない上城がこちらを見下ろしていた。 「なあ」  低い声は、少し余裕を欠いている。 「まだ帰んなよ」 「え?」  腕に込められた力が、ぐっと強くなったような気がした。 「あんたに、訊きたいことがあるから」 「訊きたいこと?」  ああ、と小さく頷く。その、ちょっと切羽つまったような声音に戸惑った。 「今から、俺んち来ないか」 「えっ」  及び腰になったのを悟られたのか、上城は掴んでいた手を下に滑らせ、手首を握ってきた。さっきと同じ熱い手のひらに、陽向の腕はぴくりと反応した。 「映画のまえに、彼女からメッセージが届いてた」 「……」 「付きあって欲しいって書いてあった」  腕が跳ねあがる。 「そうなんですか」  陽向はそのことは聞いていなかった。進展しない関係に焦れて、彼女も最終手段に出たのだろうか。  上城は陽向の手を引いて、駅の裏側へと歩き始めた。陽向に構わず早足で進んでいく。引き摺られるようにしながら、陽向は急いで足を繰りだした。  踏み切りを渡り、線路沿いにお宮通りへと足を向ける。 「そ、それで、なんて返事を?」  歩くことに集中して、答えを返してくれない相手に、追いつこうと必死になりながら問いかけた。  上城はまえを見たまま、短く言った。 「保留にしてある」 「え?」 「まだ答えていない」  なんで、という言葉が、早くなる呼吸に紛れる。会話もままならないうちに通りにつくと、上城は陽向の手をさらにしっかりと握ってきた。  お宮通りは、とても賑やかだった。一番繁盛している時間帯なのだろう。看板や提灯にはどれも灯が入り、店からもれる光も多く、人声や歌声が通りに響いていた。 「よお、大将」  歩いていた老人が、上城に声をかけてくる。  上城はそれに手をあげて営業用のスマイルを返した。しかしつないでいる手は離さない。急ぎ足で通りを進むとザイオンのまえまでやってきた。 「ここ、店ですよ?」  ポケットから取りだした鍵で扉をあけながら、上城が答えてくる。 「この上なんだよ、俺の家。二階が住居」

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