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第54話

 店に入ると、鍵をかけなおし薄暗い店内を通り抜けて裏口へと向かった。その間もまるで逃げられるのを阻止しようとするかのように、手は一時も離さなかった。  裏口を出ると、外壁に鉄製の狭い階段がついていた。上城が先に、その後に陽向が続けば、スチールを踏む金属的な音が暗い空間に響き渡った。 「なんで保留にしたんですか?」  追いかけながら後姿に問いかける。上城は二階につくと、施錠を外しながら答えた。 「そうすれば、焦らせるかなと思って」 「え?」 「彼女には悪いんだけど」 「どういうことですか?」  首を傾けて、理由を尋ねる。よく意味がわからなかった。男は陽向を先に部屋に入れるとドアをしめて鍵をかけた。話の続きを知りたい陽向は素直に従った。  上城が玄関先で電灯をつける。部屋の中がぱっと明るくなった。まぶしさに目を細めれば、隣に立つ相手はスニーカーを無言で脱いでいた。  奥に入っていくので、陽向もやむをえず靴を脱いであとについていった。  短い廊下の先に、キッチンとそれに続くリビングがあった。ものが少なくひどく殺風景な部屋だったが、綺麗に片づいていた。他に人がいる気配はない。ひとり暮らしのようだった。 「まえにあんた、俺に言ったよな。彼女のこと好きだって」  背中を見せたまま、上城が尋ねてくる。 「え? ……ええ」 「だから、彼女に返事を送るまえに、そのへんきちんと確認してこうかと」  わざわざ自分に断ってから、彼女に返信しようとしていたのか。律儀な気もするが、桐島のことを好きになっているのだとしたら、自分には構わずふたりで付きあってもらいたかった。『喰っちまうぞ』と言っていた位なのだから、その気にはなっているのだろう。  これで自分の当て馬としての使命も終わりだ。ふたりには映画のようなハッピーエンドが待っている。  そう考えたら、胸の奥からじわっとなにかが流れ出て、塊となって喉元まで込みあげてきた。 「……付きあったら、いいんじゃないですか。俺のことは気にしないでください。どっちみち、桐島には当て馬になってくれって頼まれてただけですから」 「当て馬?」 訝しむ声音だった。

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