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第55話

「そうです。馬です。当て馬です。彼女が上城さんのこと好きになっちゃったから、仲を取り持つために恋のライバルとして走ってくれと言われたんです。だから、ホントのところは俺と桐島は友人でしかないんで、彼女のことも友達としか見ていません。恋愛感情はないです。なので、どうぞおふたりでお幸せに」  当て馬をしていたことを桐島に黙ってバラしてしまうことに罪悪感が生じたが、彼女と自分との関係が友情だけと分かれば、上城も安心して彼女の所へ行けるはずだろう。  映画館で泣いてしまったせいか、涙腺がゆるんだままになっている。気を抜いたらまた、目と鼻が壊れた蛇口みたいになりそうだった。 「やっぱりそうか」  顔を見せない男が、呟くように言った。 「なんだか最初からそんな気がしてたんだよな。だったら俺のカンは当たってたってことか」  上城はデニムパンツの後ろポケットからスマホを取りだした。陽向に背を向けたまま、なにやら操作しだす。メッセージを打ち込んでいるようだった。  陽向は黙って突っ立ったまま、まえの男の気配をうかがっていた。送信し終わると、ポケットにスマホを戻し、そのままリビングを通ってキッチンへと入っていく。陽向も仕方なくあとに続いた。  キッチンは古い造りだったが、清潔に保たれていた。さすが飲食業を営むだけあって、隅々まできちんと掃除が行き届き、ステンレスも鏡のように磨かれている。  上城は冷蔵庫から冷酒を一本取りだした。それはこのまえ、陽向が贈ったものだった。 「せっかくだから、これをあけるか」  グラスをふたつと、ナッツの小袋をひとつ持ってリビングへと戻る。リビングにはチェストとテレビ、真ん中にラグの敷かれたローテーブルがおかれていた。下の店と違い、飾り気がなく簡素な造りだった。 「立ってないで座れよ」  手招きされて、おずおずとはす向かいに腰を下ろした。正座して、よくわからない流れのままに小さく縮こまり手を膝の上におく。  上城はグラスに冷酒を注いで、ひとつを陽向に差しだしてきた。飲めということなのか。 「いただきます」  陽向はグラスを手に取ると、グッと一気にそれを煽った。込みあげる涙も一緒に流し込む。なかなか美味い酒だった。自分で選んだにしては上出来だ。 「いい飲みっぷりだ」  上城もグラスを手にする。すると、陽向のスマホが尻ポケットで軽快な音楽を鳴らし始めた。

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