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第57話
名前を呼ばれて、背筋がぞくりと来た。下の名で呼ばれたのは初めてかもしれない。
しかしなんで、自分が喰われることになっているのか。
「って、ちょっと待ってください。お、俺を喰うんですか?」
「あたりまえだ。この状況で他になに喰えって?」
「け、けど、俺? そんな、なんで俺なんかが」
しどろもどろになりながら、混乱した頭で状況を整理する。思考は依然絡まったままだ。
「なんでって、おまえが今、いいんじゃないですか、って言ったからだよ」
「ええそういう意味だったんですか?」
なに言ってんだこいつという顔をされる。意思疎通ができていなくて、お互いの会話がちぐはぐだ。
「最初から、気に入っておまえのこと押してたの、ちゃんと気づいてただろ?」
「え?」
「そっちは、それ、拒否せずに応える目、返してきてただろ。だから俺もその気になったんだよ」
上城の顔は真剣で、いささか憮然としているようにも見える。そのせいで、なにを考えてそんなことを言ってきているのかうまく読めなかった。責められているのか焦れているのか、それとも誘っているのか。判断がつかない。
「……俺、男、好きになったことなんか、ないんですけど……?」
は? という形に口元が歪められた。
「嘘だろ」
瞳に力がこもる。咎めるように目を眇めると、断定するように言われた。
「好きになったことない奴が、あんな目でこっち見返したりするか」
「ええ?」
驚いて、あけっ放しの口がさらにひらく。
「……本当に、今までも、女の子としか付きあったことがありません」
ひとりだけで、それもキスどまりではあったけれど。
「じゃあなんで」
上城は顔を傾げながら、問いつめるようにしてきた。
「俺のアプローチに応えるようなそぶり見せてきたんだよ」
「えっ」
目を見ひらいて、相手を見返した。
「……なんのことですか」
アプローチなどされただろうか。身に覚えのないことに、疑問符が頭に発生する。
「居酒屋で。脇腹がやわい可愛い男が好みだって言っただろ。そのとき、おまえ俺の目顔に応えてきたじゃないか」
「ええ?」
「男同士のときは、大抵最初に目線で了承を取るんだよ。イケるか、イケないか。俺が誘いかけるサイン送ったら、拒否せずに、そっちも見返してきたじゃないか」
陽向は混乱しながら、そのときのことを思い起こそうとした。あの晩、居酒屋で三人で飲んだとき。
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