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第58話
そうだ。あのとき、上城から見つめられて、自分は確か経験したことのないような痺れを感じたのだ。目が離せなくなって、強い光をたたえる瞳をじっと見つめ返したはずだった。それに『了解』と頷かれたような気が――。もしかして、あれが?
「さっきだって、映画館で腕を回したときも拒否しなかったし、むしろそっちからしなだれかかるようにしてきたじゃないか」
「そ、そんなこと――」
した覚えはない、と答えようとして口ごもった。
言われた通り自分は映画館で肩を抱かれたとき、逃げはしなかった。背中を擦られすごく幸せな気分になって、癒されそして安堵し、ベッドシーンが始まるとドキドキして、耳元で囁かれた言葉に震えるように反応をした。
確かに、男に全く興味がなかったらあんな風に身体が高揚するはずないんじゃないかと、自分自身に問うてみる。
――俺はなんで、この人と目があうといつも気持ちが逸るのか。
低くて心地よい声音が耳に響くと、胸が煽られる。早くしろと誰かに急き立てられて、走りだしたくなるような、そんな平静さを失う気分になる。男相手に、こんな感情を持ったことなんて今までなかったのに。
けれど、女の子に対しても、過去に身体に火がついたような感覚になったことはなかった。付きあった子とは、もっとゆったりとした友情の延長のような関係だった。
上城に近づかれると感じる、心の奥の一番深いところを抉られるような、やばい場所に踏み込まれるような怖さは、もしかしたら自分の本質に触れるものだからなのか。
自分は男にも惹かれる。
それは今まで気づかなかった性癖で、二十歳になるまで知らなかったのは、ただ、好みの相手に出会わなかっただけで――。
頭が混乱して、思考がぐるぐる絡まっていく。初めて自覚した考えに、脳が真っ白になって困惑したまま目のまえの相手を凝視した。
――この人が、俺が好きになった、初めての男の人なのか。
硬質ではっきりとした顎のライン。高くてまっすぐな鼻梁。薄い唇に、ときに攻撃的になる漆黒の瞳。
陽向は魅入られたように、じっと上城の顔を見つめた。
「自分でも気づいてなかったのか」
顔をのぞき込むようにされて、そんな不安になるようなことを言われて、陽向は怯えたように相手を見返した。
「……わかんない」
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