65 / 115

第65話

 アキラに対する憤りを表すかのように、陽向の顔をさらに横に引っ張る。痛くはないけど、八つ当たりされている気がした。 「それはすいあせんでした」  空気がもれる唇から、アキラの分も謝罪する。上城は「うん」と言って指を離した。 「数日まえ、彼女が映画に行かないかって誘ってきたから、それを口実に無理矢理呼びだしたんだ」  今度は唇の端をゆるゆると擦ってきた。 「会いたかったからさ」  指先に込められた優しさのせいか、それとも言われた台詞のせいか、口端がぐっとさがってしまう。 「そしたらあんな陳腐な映画で感動するし、抱きよせたら可愛くなるし、あの場で押し倒したくなって、我慢するのが大変だった」  上城はそこで言葉をとめた。顔を伏せてじっと動かずにいたが、しばらくして「やばい」と一言もらした。 「喋ってたらそのうちに治まるかと思ってたけど、やっぱ無理だ」  むくりと身体を起こして、立ちあがる。 「1ラウンド」 「へ?」 「1ラウンドで、戻る」  上城は言いおいて、そのままリビングを出ていってしまった。  ばたんとドアをしめて、その先にあるらしい廊下を足音を立てて去っていく。 「……」  残された陽向は、床に転がったまま、上城の出ていったドアを天地逆の状態で見続けた。  色々と喋って、心のうちを明らかにしてくれたのは気をそらすためだったのか。  上城に言われたことが、本人がいなくなってからじわじわと胸に滲みてくる。そんなに思ってくれているとは知らなかった。悪いことをしてしまった。  疲れ気味の身体を起こして、ラグの上に正座する。顔にはまだ熱があって、頭はぼうっとしていた。  二度も、触られてしまった。なにがなんだかわからないうちに。けれど全然嫌じゃなかった。  そうして自分は二回もお世話になってしまったのに、こっちからはなにも返していない。  正座の足を、居心地悪くもぞもぞさせる。膝に両手を揃えて、もう一度しめられたドアを振り返った。  やっぱり、してもらったならしなくちゃいけなかったよな。同じ男なんだもんな、と反省してみる。こういう経験は初めてだからよくわからないけれど、自分だけってのはよくないんじゃないかって、それぐらいは推察できる。  だったらどうしたらよかったのだろう。やっぱ、同じように手とか? それとも口……とかか?

ともだちにシェアしよう!