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第68話
陽向はまえを行く人の背中を見あげた。今日はグレーの長袖シャツに、黒のデニムパンツという服装をしている。
上城は決してガタイがいいというわけではない。背は高く筋肉質の身体をしているが、全体的には細身である。しかしその背中は、今はとても広く見えた。
本当に、この人とやっちゃったんだなあと、身も蓋もない表現ではあるが感動してしまう。
憧れだけかと思っていた。最初に助けてもらったときから、格好いいと感じてはいたけれど、まさかこんな展開になるなんて思いもよらなかった。
バーテンダー姿も、ボクシングをする姿も、どちらにも同じほど惹かれた。こんな人になりたいと思うのは今も変わらないけれど、それが恋に結びついている。
自分はもう、女の子を好きになることはないだろうな、とまっすぐにのびた背を眺めながら感慨にふけった。
それでも、後悔とか迷いとかいった負の感情は驚くことに全くなかった。今はただ、この人と気持ちがつながって、ありえなく幸せだという気持ちしかなかった。
自分の中に眠っていた本質を、教えてくれたのはこの人だ。上城がいなかったら、もし出会わなければ、まだなにも知らないままだったろう。
心の層は幾重にも深く重なっていて、その下になにがあるのかは、自分自身でさえ簡単に気づくことはできなかった。
女の子と友人同士のような淡い付きあいしかしていなかったときは、それが普通で、自分の恋愛の仕方はこうなんだと思い込んでいた。
けれど、上城に瞳をあわせられたとき、身体の深層に眠っていたなにかが大きく揺り起こされた。それが本来の姿だったのだ。
それがわかって嬉しい。天と地がひっくり返るような、ありえない恋愛観の変化だったけれど、受け入れてしまえばこちらの方がずっと自然だった。
夢心地の足どりで、目のまえの人についていく。
「陽向」
そうしていたら、振り向いて上城が訊いてきた。
「はい……」
トロンとした顔をしていたらしく、上城は陽向の表情を見て目を瞬かせた。
「……おまえの家は、どっち?」
いつの間にか駅前へ出ていた。近くに表通り商店街の明かりが見える。
「あ、はい。えっと、こっちの道です」
商店街には入らず、脇の道にそれるルートを示す。指さして説明すると、上城は「やっぱ送ってきてよかった」と呟いた。
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