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第69話
「顔が半分、溶けかかってる」
「え?」
指先にぎゅっと力が込められる。
「ゆるキャラが更にゆるゆるになってるから、危なっかしい」
「……そんな」
気の抜けた顔になっているのだろうか。けれどしまりのない表情になってるのは、自覚があった。
人通りのない真夜中だったからよかったけれど、昼間だったら憤死ものだ。陽向は恥ずかしさを誤魔化すために、今度は自分が率先して道を行こうとした。
そのとき、不意に後ろから声をかけられた。
「礎」
低くドスの効いた男の声に、上城の腕がピクリと動いた。立ちどまり、ゆっくりと振り返る。
背後の暗闇の中に、人影がひとつだけ浮かんでいた。
影は潜んでいた闇の中から、身を起こすようにしてやって来た。街灯が届く場所まで出てくると、手にしていた煙草らしきものを道路脇に投げ捨てる。
明るいところに来てやっと、相手がこのまえ陽向の股間を蹴りあげた男であることがわかった。
四人組のリーダーで、確か畠山と言う名前だったはずだ。
「こんな時間にイチャコラしやがって、楽しそうだなあ」
ニヤけた笑いを顔に貼りつけていたが、目つきだけは異様に鋭い。上城はなにも言わず、相手を睨み返した。
「俺はおまえにオンナ取られてから、ひとり寂しくすごしてるっていうのによ」
男がずいとまえに進み出ると、上城は陽向を背後に隠すようにした。
陽向は上城の後ろから、ふたりを見比べた。数日まえ、多田が教えてきた噂話が思い浮かぶ。
畠山と上城は、以前は仲間だったということ。そうして上城が畠山の恋人を横取りして、仲が決裂したということを。
「おまえ、ナツキをどこへやったよ?」
畠山が脅し口調で尋ねてくる。上城は冷静に、それに答えた。
「あいつは、あんたの手の届かないところに逃がした。もう会うこともないだろう」
「ふざけやがって」
怒りを込めた声で吐き捨てる。そうしてから、後ろの陽向に値踏みするようないかがわしい目を向けてきた。ギラギラとした生臭さの漂う目つきは、尋常さが失われている。思わず背筋が寒くなった。
「だったら、おまえのオンナを代わりによこせよ」
顎をしゃくって、陽向を差しだせと身振りで示してくる。陽向は眉をひそめた。
自分は男であって、女ではない。なのに、なぜ自分をよこせと言ってくるのか。
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