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第70話
そこではじめて、陽向は『オンナ』というのが、女性を示しているのではないと気がついた。この男にしてみたらきっと、女扱いする相手が『オンナ』なのだ。
ということは、ナツキという人も女性ではないのか。陽向はかたわらに立つ相手を見あげた。上城は警戒心もあらわに相手を睨みつけている。陽向をまえにださないように気をつけて、護るための壁になろうとしていた。
畠山がじりじりとせりだしてくると、上城はこのまま退くことは無理と判断したのか、陽向の手をそっと放した。
「少し離れてろ」
顔をよせて囁き、陽向を後ろに押す。なにもできない陽向は言われた通り、数歩後ずさった。畠山が手のひらを胸まで持ちあげて、拳を作る。身体を揺らして準備運動のような動きを始めた。
「何度も言うけれど、あんたは俺には勝てないよ」
上城はまだ、手を下ろして仁王立ちしたままだった。相手にならないというように、少し首を傾げて見せる。不遜な態度だった。
「ふざけんなよ。てめえにゃいくつも借りがあるんだ。……ここでまとめて返してくれるわ」
暗い夜道でふたりが対峙する。陽向は距離を取って、ハラハラしながら成り行きを見守った。
誰か、助けでも呼ぶべきなんだろうかと周囲を見渡す。けれど上城の余裕のある様子に、このまえのように相手がやられて退いていく気もした。どうしようかと迷っていたら、後ろから「ひっ」という小さな悲鳴が聞こえてきた。
振り向くと、若いカップルがこちらを怯えながら凝視していた。畠山が睨みつけると、こそこそと逃げるように駅まえの明るいところへと去っていく。真夜中の横道には、それ以外の人影はなかった。
畠山が陽向に目を移して、舌なめずりしながら言ってくる。
「そいつをよこしな。それでチャラにしてやってもいいぜ」
「断る」
上城は陽向にちらりと視線を走らせると、その言葉に刺激されたかのように、拳を固めた。
先に動いたのは畠山だった。
薄暗い街灯の下、目にもとまらぬ速さで上城との距離をつめてくる。けれど上城は、相手の動きを見切っていた。上体を反らせたかと思うと、肘で相手の拳をかるく受けとめ、そのまま横に大きく払って、相手の体勢を崩させた。
「……っのやろ」
振り向いた畠山がまた、殴りかかろうとする。しかしそれも、上城は身体を引いてかわした。
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