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第71話

 身のこなしが早すぎて、陽向の目ではついていけなくなる。畠山の動きも素人のものではなかった。そして、上城の敏捷さはその上をいっていた。  上城は自分からは叩きのめしに行こうとはしない。避けることに終始していた。相手が疲れるのを待っているようだった。 「ちゃんと練習に励んでれば、それなりにプロとしてやっていけたのに」  激しく動きながらも、静かに諭す。 「……るせえっ」  煽り文句を受けて、相手は声高に反発した。しかし数発繰りだすも、まともに当たる気配はなかった。 「畠山さん」  かるくステップを踏むようにしていた上城が、丁寧に、けれど冷たい声で呼びかける。 「そろそろ殴ってもいいですかね?」  言われて、畠山は顔を真っ赤にして激高した。 「てっめえ、馬鹿にしやがって」  息があがり始めた畠山が、大ぶりのパンチを振りだす。ふらつく足元に、もう勝負は見えているようだった。  陽向がふたりのやりあいに注意を引きつけられていると、いきなり背後から野太い怒鳴り声が響いてきた。 「おい、おまえたち、そんなところでなにをやってる」  驚いて振り返ると、暗闇から大声で叱りながら、ふたりの警察官が夜道を走ってくるのが見えた。駅まえにある交番から駆けつけてきたらしい。  その姿を見て陽向はホッとした。もしかしたら、さっきのカップルがしらせてくれたのかもしれなかった。 「喧嘩はやめろ」  警官ふたりは、畠山と上城の間に割って入るようにした。互いを引き離し、そうして顔を確認する。  するとなぜか、突然、大きな声で怒りだした。 「なんだ。また、おまえらかっ」  警官のひとりは陽向らよりもずっと年上で、見るからに厳つい顔をしていた。もうひとりは若かったが、同じようにこの騒動に面倒そうな顔つきになった。 「こんなところでなにやってるんだ。また騒ぎを起こすならしょっ引くぞ」  年配の方が厳しい口調で、ふたりを叱る。 「いやぁ、騒ぎなんか起こしてませんよ。ちょっとふたりで練習してただけですよ。なあ礎」  上城から引きはがされた畠山が、薄ら笑いを浮かべて言い訳をした。上城が反発するように、鋭い刃のような視線を畠山に向ける。しかし否定はしなかった。 「いい加減にしろよ。練習ならよそでやれ。こんな時間に迷惑かけるんじゃない」  警官がまるでふたりを仲間とみなしたかのような言い方をする。

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