72 / 115
第72話
「飲んでんのか? おまえら、ああ?」
「飲んでませんよ」
「ならもう帰らんか。練習はジムでやれ」
わかりましたよ、と言うように畠山が両手をホールドアップする。へらへらと笑いながら後ろ足で離れていこうとした。
警官は、上城にも「ほら、おまえも帰れ」と胸を手でつついて粗暴な扱いをした。上城は言い返しもせず、ただ畠山に対するのと同じような眼差しを向けただけだった。
警官らは陽向にも近づいてきた。戸惑う陽向に未成年かどうかの確認を取り、成人とわかると早く帰るようにと注意だけする。もう一度、上城に一言二言居丈高な態度で警告すると、それで用は済んだのか、犬でも追い払うかのように手を振った。
「さあ、早く行け」
上城が急いで陽向の元にやってくる。
「行こう」
と静かに言って、腕を掴んできた。さっきと異なり、腕を服の上からかるく捉える程度で、友人を促すような仕草だった。
見渡せば、畠山はもうどこにもいなかった。警官が来て恐れをなしたのか、それとも上城にやられそうになっていたので、これ幸いと逃げていったのか、闇の中に男の影はなかった。
陽向は仕方なく、黙って上城に従った。一歩踏みだし、警官らをあとにしようとすると、いきなり背後から大きな舌打ちが響いてくる。
「おまえらみたいな人間は、薄汚い裏通りから出てくるんじゃねえよ」
と、聞こえよがしに言い捨てられた。
陽向はその言葉に、冷水を浴びせかけられたようになった。まるで自分が言われたかのように、呆然としてしまう。
振り返れば、警官らは陽向たちが去るのをじっと警戒する目つきで眺めていた。明るい街明かりを背に受けて、見張るように佇んでいる。
それは、どう見ても一般人に対する態度とは思えなかった。
陽向が思わず足をとめてしまうと、上城が掴んでいた腕を引く。見あげたその顔は強張っていた。街灯を反射して、引き結んだ口元に憤りを押し隠している。
陽向が驚いていると、強く手を引かれたので、慌てて連れ立ってその場を離れた。
かける言葉が見つからないまま夜道を歩いて行く。さっきまでのふわふわとした空気は霧散してしまい、どこにも残っていなかった。
まえを行く上城は、一言も発してくれない。陽向はやむをえず灯にのびる影を見つめながら、無言でついていった。
暗い街路に、ふたりの足音だけがひたひたと重なる。
ともだちにシェアしよう!