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第73話

 警官が投げ捨てていった言葉が、耳から離れなかった。どうしてと、考えてしまう。  あの畠山という男が警官から疎まれるのは納得がいくが、なぜ上城まであんな扱いをされなければならなかったのか。上城は警官たちにも睨むような眼を向けていた。顔も覚えられている様子だった。  そうして先刻の畠山とのやり取り。上城とはどういう仲で、ナツキという人とはどんな関係だったのか。  やがて、駅まえのビル街を抜けて住宅街へと入ると、街灯以外の明かりもなくなり、道路はしんと静まり返った。  陽向の住む学生マンションは住宅街の一角にある。途中で道順を訊かれたので、簡単に説明した。 「大丈夫か」  マンションのまえまでくると、そこでやっと上城は腕を離して、気遣う言葉をかけてきた。 「……え、ええ。俺はなんとも……」  ぼんやりしながら答える。 「悪かったな」  短く謝ると、上城はもう一度、陽向に手をのばしかけた。  けれど途中で思いなおすと、それを引っ込めてしまった。拳をぎゅっと握りしめ、触れるのを我慢するようにする。  上城自身も警官が投げた言葉を、陽向に聞かれてしまったことが不本意だったらしい。陽向もどう反応していいのかわからずに、ただ立ち尽くした。 「……送ってもらって、ありがとうございます」  しばしの沈黙のあと、一言だけやっと告げてぺこりと頭をさげる。顔をあげれば、上城はじっと陽向を見下ろしていた。  少しの間、なにか言いたげにしていたけれど、言葉がうまく見つからなかったようで、やがて「じゃあ」とだけ残して来た道を引き返していった。  去っていく姿を、エントランスのまえで見送る。  上城は振り向かなかった。闇の中、後姿が次第に溶けるように小さくなっていく。  陽向は心の中に色々なもやもやを抱えたまま、どうすることもできずに、消えていく背中を眺め続けた。

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