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第78話

「あの頃の上城さんは大変そうだったな。俺はまだ未成年で、ここの手伝いはできなかったから見てるだけだったけれど。  毎日、なれない店のことをして、入院している親父さんを見舞って、バーテンダーの勉強をして。けど、きっと治って帰ってくるって信じてたんだと思う。  親父さんのためにこの店守らなきゃって。いっつも言ってたから」  陽向は顔をあげて、店の中を見渡した。  お宮通りには珍しい、お洒落な内装の、落ち着いた雰囲気。流れるBGМは古いフュージョンで、そこにも店主の趣味が表れている。  ここは、上城の父親が作った店だったのだ。 「だからあの人、ここに店構えるのにこだわってるんですよ。ここを売って、他に立地条件のいい場所に移れば、上城さんならお客だってもっとたくさん来るだろうに。けれどそうしないのは、親父さんの遺志や、親父さんの代からの常連さんのためなんです」  陽向はグラスを傾けながら、ふと疑問に思ったことを口にした。 「上城さんは、お母さんは?」  それに、アキラはグラスを慎重に並べながら答えた。 「父子家庭だったから。お母さんは上城さんが八か月のときに出ていっていなくなっちゃったって」 「それは……」  聞いてはいけないことを安易に尋ねてしまったようで、陽向は言葉途中で口を噤んた。 「俺んちも母子家庭だったから。上城さんにも親父さんにも可愛がってもらってた」  思いだすようにして、へへ、と笑う。陽向の気まずさを吹き飛ばすように笑顔を見せる。気を使ってくれたのだとわかった。 「だから、親父さんが、闘病の末に亡くなられたときは、上城さんはそりゃあもう、落ち込んで、抜け殻みたいになっちゃって……」  グラスを扱う手をとめる。 「見てるこっちの方が、つらくてたまんなかった」  そのときのことを語るのには笑っていられなくなったようで、アキラも声のトーンを落とした。 「高校卒業してからもジムには通っていたみたいなんだけど、それもやめちゃって。毎日、店の隅に座ったまま、ぼーっとしてたんですよ。あの上城さんが」 「……」

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