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第79話

 ボクシング選手として活躍する夢をあきらめて、大切な肉親も亡くしてしまい、店を守る意味も失って、将来になにも見いだせなくなってしまったんだろうか。  陽向には両親も揃っているし、大して大きな夢を持っているわけでもない。だから、上城の気持ちを全て理解することはできない。  それでも彼のその当時の喪失感を想像すること位はできる。きっとなにもかも無為に思えてしまったんだろう。  写真の中の上城に視線を向ける。試合に勝ったあとにでも撮ったのか、表彰状を手に、同じ選手仲間たちと共に生き生きと笑っていた。 「けれど、今は、ボクシングにも通っているし、お店もちゃんと維持されてますよね」 「……ああ」  アキラは時計を見て、それから店内を見渡した。まだ早い時間のせいか、他の客がくる様子はない。 「上城さんが立ち直れたのは、皮肉だけれど、さっき言ったお宮通りを荒らす奴らのおかげだっていうか……」  陽向はビールをコースターの上において、黙って頷いた。  上城のことならなんでも知りたいから尋ねたいことはたくさんあったけれど、自分の方から聞くのは遠慮して、アキラが話を続けてくれるのを待った。 「このまえ、小池さんらに絡んだ連中いたでしょ。あのリーダーって奴が、まえにも騒動を起こして」 「畠山、って人ですか?」 「知ってるんですか?」  アキラが顔をあげてくる。 「ええ。上城さんから聞きました。あの人もボクシングやってたんですか。構え方とか、素人とは思えなかったから」 「あー……」  アキラは少し、言い淀むようにした。あいつのことは口にしたくもないといった表情だった。 「あの人、上城さんと同じ山手ボクシングジムに所属していたプロなんですよ。けど試合に勝てなくて、腐っていって、問題行動ばっかり起こすようになったからジムをやめさせられたんです」  そうだったのか。多田が、ふたりが昔は仲間だと言ってたのは、そのことを指していたのかもしれない。同じジムに所属していたのなら、選手同士の交流もあっただろうから。

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