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第81話

「次の日には出られましたよ。けど、上城さんの身柄引受人が、山手ジムのトレーナーだったことで、警察じゃボクサー崩れの仲間割れだって思われちゃったんです。  畠山も嫌がらせみたいに、友達のように警官のまえではベタベタ仲よく振る舞ったんですよ。だから警察には上城さんもあの集団のひとりって認定されてる。ムカつくけど」  だからあんなひどい言葉を投げかけられたのか。 「あいつ自分だけが堕ちてくのが嫌で、上城さんも巻き込もうとしてんだ」  忌々しそうに呟くアキラに、陽向は上城の心情を思った。  警官に心ない台詞を吐き捨てられて、それでも口答えもせずに黙っていた姿は、もちろん、盾突けばまた心証を悪くするだけだからそうしたのだろうけれど、誤解されたままという状況は、本当は納得できるものではなかったろう。  警察官らはお宮通りに対する偏見もあるのかもしれない。薄汚い裏通りという言い方はあまりにもひどかった。  しかし、考えてみれば自分だって最初はここに対して、いい印象は持っていなかったのだ。なにも知らない部外者だったから、面白半分に探検などと言って興味本位にのぞきに来ていた。上城が最初に陽向らに会ったとき、態度が冷たかったのは、こっちが冷やかしの学生だとわかっていたからかもしれない。  陽向はそのこと思いだして恥ずかしくなった。  気がつけば、陽向のグラスは空になっていた。アキラがもう一杯どうですか、と手のひらを上にして尋ねてくる。陽向はウイスキーのロックを注文した。 「俺、上城さんみたいに綺麗に丸く氷を削れないんですけど、いいですか」  遠慮がちに訊いてくるアキラに、構わないですと答える。陽向がロックを注文するとき、上城はいつも氷をアイスピックでまん丸に形作ってからだしてくれるからだった。  氷を砕く音が、静かな店内に響く。それに重なるように、昔どこかで耳にしたフュージョンが聴こえてくる。落ち着いた、ゆるやかな時間が流れていた。 「どうぞ」  しばらくすると、少しいびつな氷の入ったロックが差しだされた。口に含めば、モルトのいい香りが鼻から抜ける。 「おいしいです」 「ならよかった」  ちょっと心配そうだったアキラが、安心した表情になった。  陽向はオールドパーの甘い匂いをかぎながら、ここに住む人たちや上城のことを考えた。  彼については、知らないことがまだ多い。

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