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第82話
「でもね、上城さんは、一晩、留置所ですごして戻ってきてから人が変わったようにジムにまた通いだしたんですよ」
アキラがボトルを棚に戻しながら、話を続けた。
「そうなんですか」
上城の話がとまらないところを見ると、彼も上城のことを慕っているのだとよくわかる。
そのとき、アキラが「あ」という顔をして急に背をのばした。ポケットからスマホを取りだして、画面を確認する。どこからか連絡が入ったらしい。陽向にすみませんと断ってから、カウンターの奥に移動して電話に出た。
陽向は黙って店を見渡しながら、ウイスキーのグラスを傾けた。
客はまだ陽向ひとりだ。いつもザイオンは九時すぎから人が入り始める。まだ早いこの時間は、すいていることが多かった。
はい、はい、わかりました、とレジの裏でアキラが返事をしている。少し話し込んだあと電話を切って、カウンターの外に出てきた。
「すいません。今、上城さんから電話があって、会合が長引きそうで何時に終わるかわからなくなったから、とりあえず臨時休業の札出しといてくれって言われたんで、一応、お店しめときますね」
アキラは扉をあけて外に出ると、プレートを裏返した。カウンターに戻ってきたところに、陽向も声をかける。
「なら、俺もこれで帰ります」
「え、いいですよ。小池さんはゆっくりしていってください。せっかく来てくれたのに」
手をあげて引きとめようとするが、その顔はちょっと心許なさそうだった。
「っていうか、俺ひとりじゃまだうまく店回せなくって……カクテルも上城さんみたいにうまく作れる自信ないんですけど」
あげた手を頭に当てて、髪をかく姿に陽向も笑顔になった。
「今日は上城さんに会いに来たんで。いないならまた出直してきます」
グラスに残っていたウイスキーを飲みほして、会計をお願いする。「すいません」と謝るアキラに構わないと告げて伝票を待っていると、精算しながらアキラがぽつりと呟いてきた。
「上城さんが立ち直ったのは、俺が思うに、多分ここで、自分がやれることを見つけられたんじゃないかなって……」
さっきの話の続きらしい。まだ言い足りない部分があったようだった。
「やれること?」
千円札を二枚、手渡しながら尋ねる。アキラが釣銭を数えてから返してきた。
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